給油のためにスタンドに入る。
「らっしゃ〜い!!」と元気な声。
「ハイオク満タン!」とちょっといい気分で言う。
と、、、 スタンドの従業員さん、すかさず 「ガソリンの水抜き、入れましょうか?」・・・
スタンドに寄る度に必ずこのせりふ!
「アンタんとこのガソリン、そんなに水っぽいの?」と、つい嫌みを言いたくなる私は意地悪なんでしょうか・・・
車のオイルを缶キープ?している。 業者さんがコンピュータ管理して大体5000キロごとに確実に交換にきてくれる。
この前もちゃんと来てくれた。すすめられてフィルターも交換(実費)した。
その日の夕方、給油のためにスタンドに寄ったら従業員さん、ボンネットを開けてゴソゴソ・・・
「オイル、汚れてますねえ、換えましょうか」
私・・・・・・(`´メ)
大きなお世話・・と言うよりも、あんた、何いってんの?!(怒)の気分です。
世の中にはその人にとって一大事のことを本人よりも先に知っている人が必ずいるみたいです。
それだけなら「立場上、まあいいか」なんてこともあるのに、わざわざ言わなくてもいいのに親切顔して耳打ちしてくれる。
私も人の子だからやっぱり聞いてしまうと猛烈に気になってしまう。
時には何日も寝られなくて不眠症、なんて事もしばしばです。特にそれが私にとって利害関係であまり知られて欲しくない人が先に知っていたような場合、おまけに同情しているスタイルで親切そうに御注進してくれると尚更!
おかげで最近数キロ痩せてしまった。気にするまいと思うけれど悔しさ、情けなさ、腹立たしさは少々のことでは消えない。
胃袋もズタズタ、悔し紛れに酒を飲むとまたダメージが・・・
また、そんな自分にとっての有害?な人にわざと情報を吹き込む汚いやつもいる。
自分は高いところにいて涼しい顔。
特にある種の権力を持っているやつほどそれが顕著。事情が分かったところで何にもやり返せないこの悔しさ、あんたにわかるかい??今に見ていろ、の気分です。私は案外しつこいんだからあとが怖いよ!
どうでもいいけど最近ちょっと気になること(1)
スーパーやデパートで買い物をしてレジに並ぶ。レジのお姉さん達忙しそうです・・・
「はりはふくぁいあす」・・・?何?? 「ほまはへひはひまひは」 ・・・・???
どうも日本中の若い女性が鼻の病気にかかっているらしい。
テレビでも街中でも若い(とは限らないようでもあるけれど)女性の言葉が鼻声というのか、喉声・・でもないし・・・
とにかく「いらっしゃいませ」が「ひらっひゃいまへ」 となる。
本人様はいわゆる「ブリッコ」してるんじゃないのかな??しかし見事にどこのレジでも同じ発音?発声?に統一されている。
ちょうど地下鉄や電車で、男の車掌さんが変に喉を押しつぶしたような声で「次は〜○○〜」とアナウンスするのと似ている気もする。
本人は気取っているのだろうが、とにかく聞きづらいし、聞き取りにくい、それの女性版がレジのお姉さん達、ということか・・・
テレビに登場するタレントさんも同じで、ちょっと自分が可愛いと思っている(と感じるが)娘はこの発声をする。
滑稽であると同時に、全国的に同じ発声病?が蔓延することが不思議でならない。
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どうでもいいけど最近ちょっと気になること(2)
携帯電話の待ち受け画面や着メロを楽しむ人は多い。
街中でいろんなメロディーや、中には変わった「せりふ」タイプのちょっとびっくりするような着メロも聞こえてくる。
ところで最近不思議に思うこと・・・・
ついこの前までは小学生の女の子から熟年、壮年の女性までがそろいも揃って例の外人サッカー選手の顔を待ち受け画面にしていた!!
そのブームが過ぎたかと思ったら今度は「韓流」とか言うブームで、またまたそろいもそろって「○○様」のおっかけが大流行!
そしてまた想像通り携帯の待ち受け画面はその映画スターの顔が氾濫!
そりゃあ個人の趣味の問題だからどうこう言う気はない(事はない・・)けど、どうして日本中が同じ一人の顔を待ち受け画面にしなくちゃいけないのか理解できない。
未婚、既婚の別なく、一人の男性の写真を日本中の女性が肌身離さず持っている、というのは考えたら気持ち悪い・・・・のは私だけか・・・?
別にひがんでいるんじゃないんだけど・・(゜ε゜;)・・・
でも、いつもいつも口をホワ〜ンと開けて(明らかな演出)ニヤついてる顔のどこがいいのか分からない・・。たまにはきちんと口を閉じてみたら?
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ちょっと気になること(3)
テレビを見ているといろんな報道番組があっている。
純粋なニュース番組としての報道の他に、ワイドショー的な報道もあれば区別しにくいスタイルのものもあってTV各局がいろいろと工夫を凝らしていることは理解できる。
しかし私としてはちょっと許せないことがある。
それは報道内容と言うよりは番組制作の姿勢。
あるテレビ局の報道番組を見ていて、何かしら非常に違和感を感じた。
画面には悲惨な事故の犠牲者が映っている。それもつい半日前の大きな事故。
何が違和感をかき立てるのか・・・最初はよく分からなかったけど、ふと気づいた!
事件を伝える画面、内容としてはニュース番組である。そこに何とBGMが流れている!!
悲惨な画面からは泣き叫ぶ家族の姿・・・
そこにBGMとしてズンドコズンドコズンドコ・・・・画面の背後から、不気味さをかき立てようという意図なのか、ずっと音楽が流れているのである!
又ある時は例の拉致事件について拉致被害者の家族の切実な訴えの場面でもやはり背後からズンドコズンドコズンドコ・・・・
バカにするんじゃないよ!事件をショー仕立てにしている!
制作者の意図が全く分からない訳じゃないけれど、少なくとも報道する立場ならば事件の被害者への配慮が十分に払われて当然じゃないのかな?
自分の肉親が拉致されたり、事件に巻き込まれて悲惨の事故死などの憂き目に当ている時に、音楽入りで報道されたらどんな気持ちになるのか分からないのかな?
被害者への哀悼の気持ちよりも事件をBGM入りでセンセーショナルに報道する見せ物的な扱いをするTV局の姿勢が私には許せないのである。
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もうちょい何とかならないの?(車編1)
気持ちよく走ってると急に渋滞・・・何で??工事してる様子もないし・・
あ、例によって右折車の・・
片側1車線しかないところで後続の車のことなんか全く無視して道路の真ん中で右折のために止まっている。
ちゃんと中央線よりに寄せて止めてくれたら後の車は楽にすり抜けていけるのに・・・なんてイライラしたことありませんか?
言っちゃ悪いけど、自分は運転が上手だなんて思っている連中にこういう人って多いんですよね〜・・・特に朝夕のラッシュ時にやられると「免許証返上だ〜」と言いたくなってくる。
またそういうドライバーに限って対向車が通してくれても挨拶もせず「当然」みたいな感じで行ってしまう。
交通マナーと同時に周囲への配慮も欲しいですね。それができて初めて「上手な運転」なんですよ。
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もうちょい何とかならないの?(車編2)
前を走る車の中って気にすること余り無いんだけど、時にはこちらまでつられて忙しい気分になることがある。
信号で止まる。助手席の方にしゃがみこんでなにやらモソモソ・・・信号が青・・走り出した・・・また信号にかかる・・
今度は後ろの座席からバッグを引っ張り出して何か探している様子・・青・・スタートしない・・
クラクションを鳴らすのも気が引けるのでちょっと待つ・・・
あわてて走り出す。また止まった・・・今度は助手席のグローブボックスを開けて何かしてるみたい・・
また青・・あわてて走り出す。
しばらくすると走りながら何か助手席に手を伸ばしてモソモソやっている。
信号が赤だ!急ブレーキ。
後ろからついて走るのがいやになってちょっと車間距離を多めに取ってみるが、次の信号でまた追いついてしまった。
ナニ〜!!また何か引っ張り出している!
いかに忙しいからといっても運転に集中してくれよ。
何かしなくちゃいけないなら路肩に止めてちゃんとやってしまってから走ってくれ〜と言いたくなる。
この手のドライバー、必ずオバチャンというのも気になるところである。
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もうちょい何とかならないの?(車編3)
車間距離 その1:
信号待ち。前の車と適当な間隔をとって停車する。ここまでは誰でもが当然ごく自然にやることですね。大体間隔も常識の範囲内の1〜2M ぐらいかな〜。
アレ??前の車がズルズル・・・じわりじわりと前進していく。
そう、前の車、停車するときなぜか必要以上に間隔をあけて後続車が止まった後からじわじわと前の車との間隔を詰めていくのである。
当然自分の車との間がどんどん開いていく。
何してるのかな・・・とじっとみてるうちに他人が見たらこちらがわざと前の車との間隔を異常にあけているみたいに見られてしまうので仕方なく前に詰める。すると又じわじわと前進していく。
エーイもうしらん!と無視してもいいけど、何だかこちらが変な止め方しているみたいな目で対向の車が見ている。
やっぱり仕方ないから前に詰める。・・・・・イライラ・・・・
車間距離 その2:
これも全く同じで前の車が先頭になって信号待ち。まだ交差車線が青のうちからジワリジワリと停止線を越えてずり上がっていく。
あいつ何してんの?と眺めているうちにこちらの車との間隔がこれまた異常に開いてしまう。
でもここは無視。
眺めているうちにとうとう停止線から大きくはみ出してしまっている。
そして信号が青に変わった・・・ん?・・前の車が動かない・・あんなに待ちきれないような感じでズルズルと前進していた割にいざ信号が代わるとモタモタしている。
こんな車、毎日見るけど、いったい何考えているんでしょうね。
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もうちょい何とかならないの?(車編4)(道路?)
車を運転していて路面がすごく気になることがある。
単なる未舗装ということであればそのうちにきれいになるだろう、と期待して待つこともできるが、なまじ舗装してある道路でかなりイライラしてしまうことがある。
それはマンホールの位置。
気持ちよく舗装された道路を走っているときに路面に少し盛り上がっているマンホール。路面の凸凹はその状況に応じて避けることもあればまたいでいくこともある。
このマンホール、誰がその穴を掘る場所を決めているんだろう。
片側1車線の時、道路はほとんど「避ける」スペースはないのが普通である。だから大概はまたいで通ることであのいやな振動を受けずにすむ。
でもよく見るとそのほとんどがそのまま真っ直ぐ進むと確実にタイヤが踏む中央線寄りか、あるいは路側寄りにある。
工事の時、道路(片側車線)の真ん中に穴を掘ることが気が引けたのか、片側車線の右端か左端に寄せられていることが多いが、これがくせ者。
左に寄せてあろうが、右(中央線寄り)であろうが、タイヤが丁度踏むところにあることには変わりない。
片側車線の真ん中に掘ってくれれば、何も避ける必要もないし、マンホールの蓋を乗り越えることでゴトンというショックを全く気にせずに快適に運転できるんだけど、何故あんなにわざわざ車(運転者)が嫌がる場所にマンホールを作るのか、真意が分からない・・・
道路管理のお役所の方、道路工事を請け負う業者の方、ご自分が運転していて何も感じませんか?
ついでにテレビで最近よく宣伝されている「網戸用虫忌避スプレー」を買った。
汗だくになりすべての網戸が完成!ヤッター!我ながら上出来。
早速取り付けて、例のスプレーを塗布。
アレレ?塗ったすぐに虫がとまってる・・・そのうちに薬が効くだろうと期待してたら、他の網戸にもちゃんと虫がとまってる。
次の朝見てみたら同じ虫がちゃんと生きていてへばりついていた。
スプレーの油成分で外から見れば網戸が塗りムラになっている。格好悪い!
見た目は汚いし、虫には全く効果はないし、何のための「忌避剤」なんだろう、と腹が立った。
夏、引き出しを整理していたら何年か前にデパートの「便利グッズコーナー」とかで買った「蚊撃退器」が出てきた。
小さめのマッチ箱ほどの大きさで、電池を入れボリューム調整すると人間の耳にわずかに聞こえるほどの高周波が出て、それが血を吸うメスの蚊に作用して近寄らなくなるというもの。
電池を入れておもむろにボリュームを調整。
私は人一倍聴力が良い(と自分では思っている)ので聞こえるかどうかのきわどいところで調整。
ム、ム、ム、ちょっと待てよ、今調整してるところは窓際、網戸のすぐそば・・・何だかいやな羽音が・・そう!網戸の外に蚊が集まってきた!!
試しに網戸に「撃退器」を近づけて左右にゆっくり動かしてみると、何と言うことか、外に寄ってきた蚊がそれにつられてついてくる!
これじゃあ「撃退器」どころか「誘引器」じゃないか!
蚊のメスは一度交尾するとそのあと雄が交尾することを嫌う、という性質?を利用したものらしいが、中には男(オス)に群がってくるあぶれたメスも多いのかなあ、と一人納得。
やっぱりスプレーや蚊取り線香しか方法はないのかしらん・・・?
最近特に腹が立つことに、「言葉の乱れ」がある。特にあの語尾を上げる言い方<特に名詞をそのまま語尾を上げる言い方>・・何とかならないものでしょうかね〜。
いちいち疑問形で話されると、ついこちらもムカッときて「俺に聞くな」って怒鳴りたくなってしまう。
タモリが「半疑問形」と言ったそうだけど、近頃は言語学者もこのように言ってるらしい。
間違った使い方がこのまま一つの「間違ったパターン」として定着することがないように、「半疑問形」なんていう用語自体もなくしておかないと、そのうちに「半疑問形」という疑問形が存在するといった誤りを犯してしまうことになると思うけど、いかが?(これは本当に疑問形ですよ)
「今日はスゴイ面白かった」、「それはスゴイ難しい」「スゴイ」「スゴイ」「スゴイ」・・・・・
何でまたこのごろ日本語を使えない人種?が増えてきたんだろう??
「すごく」という使い方を知らないわけじゃあるまいし、どうかするとテレビのアナウンサーまでが平気で使っていたり、ご丁寧にテレビの字幕(出演者がしゃべっている言葉をこれまた馬鹿丁寧にわざわざ文字にして画面に映し出すばかなことがはやっているけれど)にまで「スゴイ」を連発してる。
いい年したおじさん、おばさんまで近頃は「スゴイ」の連発。
「日本語練習帳」とか言う本が馬鹿売れと聞いたけれど、ほんとに日本人が日常会話も満足に話せなくなる日はそう遠くないのでは・・・と憂える今日この頃であります。
いっそのこと、街中に氾濫してる英語(もどき)に右へ習えして、全部英語か何かに変えたらどうなんだろう。
新聞、雑誌、広告、テレビやラジオなどからも、はたまた政治家の方々のちょっと格好つけたがる発言の中にも意味のわからない英語(カタカナ語)?が氾濫してる時代です。
そのくせ、中学校、高校、大学と10年間も英語を習っていながら満足に話すことができないのも日本人くらいだそうですが・・・
追加・・・
最近あまり評判が良くないNHKですが、この乱れ言葉「すごい」現象に対してNHKだけはインタビューなどで「すごい・・」を連発している登場人物がいても、字幕(本当はなんて言うんでしょうか、テロップ?)にはちゃんと「すごく・・」と書き直していた!
今のバカみたいなくだらない番組ばかり流している民放では考えられない。
この点に関しては視聴料を取っているだけはあるよ、NHK頑張れ〜〜(^_-)
「全然大きい」「全然すばらしい」・・・
それこそ日本語の「全然」が「全然」分かっていない!
「全然」という言葉はそのあとに「否定」の言葉がくるべきです。
たとえば「全然痛くない」「全然分からない」「全然・・・ない」etc...
ほんとにまあ、近頃の○○は今まで日本人が築きあげてきた日本語の美しさや使い分け、言い回しを「全然」理解していない。
多分このことを指摘されても「全然OK」と言うんでしょうね。
この前うちの若い女子職員がやってきていろいろ話をしていった。
「で、どうするの?」と尋ねたら彼女曰く 「私的(わたしてき)には・・・と思うんですけど」。 私「・・・△◎*$?!?・・・」
テレビでも最近頻繁に「・・・的・・」という表現が耳につく。
確かに「・・・的」の構文はあると思うが、やたらと「的」を付けたがる最近の風潮はいかがなものかと思う。
料理番組で「味的には・・・」、街角で「彼女的には似合っているんじゃないですか?」とか年齢、性別を問わず氾濫しているような気がする。
いつ頃からこんな現象が始まったのかよく分からないけれど、「私的」には神経を逆撫でされてイライラするんです!
最近、国語審議会が「敬意表現」なる新語を発明したようです。
若者言葉が氾濫する状況をふまえて、「敬語」が使えない最近の様子を肯定的にとらえ、「敬語」に似ている表現として例えば「本を借りたい」という気持ちを伝えるとき、相手が目上であっても「・・・・だけど」と付ければそれが「敬意を表現している」ということらしい。
でもって「本を借りたいんだけど・・・」という言い方が相手を敬った表現である、として学校で教えるようにしていくということである。
何という情けない答申!!!
言葉がちゃんと使えないなら、使えるように教える教科が「国語」じゃないのかな?
そこいらのネエチャン、ニイチャン達からいきなり街角で「道を聞きたいんだけど・・・」なんて言われたら絶対無視するよ!フザケんじゃね〜よ!!
言葉の間違った使い方や、思いこみで間違って使うことは良くあることです。
でも、私の性分かな?そんな使い方が気になって仕方がないのです。
例1
「皆さんの机上(きじょう)の上に書類を配布していますので・・・」。 もうそれ以上重ねられないんじゃないの?
多分この人は「まっすぐな直線」なんて言うんじゃないのかな〜・・・。
例2
「写真ができたら焼き回してお配りします」。・・・・別に写真を焼いて振り回さなくてもいいんじゃない?
焼いて(現像・焼き付け)増やす(増す)から「焼き増し」なんですがね。
私にはあなたの写真は振り回さずに「焼き増して」送って下さいね。
例3
昔自転車が発明されたときに世の中の人は何と呼んだんでしょうね。
日本人は「ひとりでに(自)転がる(転)車」という実に明快な名前を付けましたが、なぜかよく耳にするのが「じでんしゃ」!?
ちなみにうちのバア様は「ジレンシャ」と言います。
例4
子供が何気なく使う言葉では「運動場」を「うんどじょう」、「職員室」や「事務室」を「しょくいんひつ」「じむひつ」など。
これは大人でも使っている人がいます。なんだか滑稽!!
「体育館」を「たいっかん」は、まぁ、許せる範囲かな・・・?!
例5
かなり学がありそうな人でもこれを言ったらおしまいよ、ってのが「やむを得ず」の変形の「やむをえない」・・。(←これは正しい)
これを「やむ・おえない」とか「やむをおえない」と言う人が最近増えてきました。
なかなか凝ってるのが「やもうえない」!や「やむやおえない」??
こんな間違いを公的な文書にも平気で書いてくる!
テレビでもタレントが盛んにこれ(間違い)を使っている。言葉の乱れはやっぱりテレビからか??
例6
広告やテレビのCMで時々あるのが「豪華粗品進呈」!!!???
「粗品」って直訳すれば「粗末な品物」・・・のはずですよね・・・
豪華な粗品ってどんなのかな〜。 見たい見たい!!!
例7
HPでよく見かける思いこみ用語の代表が「バナー」です。
これを「バーナー」と書いている人の何と多いことか・・・
バーナーはほら、あの炎を出す奴ですよ!ゴーって!!HPが焦げてしまわないようにバナーだけにしておきましょう。
例8
又、私はペットのHPも公開していますが、この分野での間違い(思いこみ用語)の代表は「ケージ」。
犬や猫を入れるあの「ケージ」です。
これを多くの人が「ゲージ」と書いている。どうかするとペットショップやブリーダーのHPでも!
「ケージ」はペットを入れておく「小屋」や囲いなどの入れ物ですね。「ゲージ」は「目盛り」という意味です。ペットを目盛りの中には入れられません。
例9
ちょっと考えれば間違いに気付きそうなのに、と思えるのが「人間ドック」
これは意外と多いですよ。「人間ドッグ」!!
公的な文書にも「ドッグ」と書いてあるのをよく見かけます。例えば市役所からの広報にも!
船が「ドック入り」するのと同じで人間も「ドック」に入って点検しましょう、と考えれば間違うはずはないのになぜか「ドッグ(犬)」になりたがる・・
「人間ドッグ」・・・人間犬・・・??
おまけ!! これは言葉の乱れじゃないけれど、おかしいのがやはり広告にありました!「通常価格980円をナント1280円!!」?!?!?!?!?!
目を凝らしてよ〜く見直してみたけれど、間違いなく書いてある!
誰がこんな店行くもんか!
結局は自信のなさからか?
いろんな日本語の乱れが見られる中で、「最近の若者は自分の発言に自信がないのではなかろうか・・・」と感じているところです。
その根拠は・・
【例1】
自分しか知らないことでも相手に何となく同意を求める発言・・つまり「行くじゃないですか」、「何々するじゃないですか」、「あるじゃないですか」等の「じゃないですか」言葉。
例えば、自分がしたことや自分の家庭内のことで他人は全く知らないことでも「〜するじゃないですか」と言う。
「あ、そう・・」と一応は聞き流しているけれど、腹の中で「俺が知るか!」と言いたくなる。
個人の癖などについてでも「〜するじゃないですか」といかにも世の中では当然みんながやっているかのごとく表現する。
【例2】ちゃんとした分類が出来ることや、反対に分類する必要もないことでも「〜系」と言う言葉で曖昧に表現する。
確かに「〜系」と表現することもあるけれど、何でも「系」をつければいいというもんじゃないと思うよ。
この前もテレビの料理番組の中で「卵系がお嫌いな方は・・」なんて言ってるのを聞いて、???でした。
ちゃんと「卵が嫌いな方」と言えばいいじゃないか。
そもそも「卵系」なんていう分類があるのかいな??卵が入った食品のことなんだろうか?
その他にも「癒し系」なんて言うのも流行っている。
癒される、ほっとするのに系列なんていらない。
これもテレビの番組の中で公園にいた若者のカップルが「僕らは犬系が好きなんです」なんて言っていた。
ちゃんと「犬が好き」と言えないのか!!彼らは自分ではちょっと気取っているようにも見えた・・・
【例3】
これも例2とよく似た使われ方で「っぽい」言葉。
「飽きっぽい」「黒っぽい」などの言葉は確かにあるし、別におかしくはないが、全く「っぽい」じゃないときも「っぽい」で何となくぼかしてしまう。
白い洋服の人がいたら「白っぽい服」と言うし、この前なんかは二十歳前後の女性が「私、山より海っぽいところへ行きた〜い」なんて言ってた。
「あなたが行きたいところは海じゃなくて海によく似たところですか?」と言いたくなる。
半疑問形とも言われる、語尾を上げて相手をうかがうような言い方や「私的」などとごまかして「私そのものである」とはっきり意思表示できない言い方、それに加えて「〜じゃないですか」や「〜っぽい」、「〜系」などすべて物事をキリッと明確な表現をせず、何となく曖昧な、そして相手も同意したかのごとく錯覚しながら会話を進めていく最近の風潮は「自信のなさ」から来ているのではないかとも思える。
それとも、発言したことで何か不都合が起こった場合に備えての「共犯者を作る潜在的な自己防御本能」なのでしょうか・・・・
現在のテレビを中心としたマスコミのあり方を見ると、「国際化社会」「グローバルな・・」などと声高に言われる割には自分をきちんと表現できない人々が増えているように思うし、またそれを助長している大きな要因はマスコミにあるとも言える。
日本語の廃退は間違いなくその度合いを増している。
あ〜お先真っ暗・・・嘆いているのは私だけか??
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丁寧語のつもり??
「〜〜でよろしかったでしょうか」
最近店員などからよく聞く言葉である。つい先日は宅急便の配達員から「○○さんのお宅でよろしかったでしょうか」と在宅確認の電話がかかってきた。
この配達員だけでなく運送会社が違っても同じように言うので、このような間違った言い方がかなり広まっていると感じる。
店に行けばレジの店員が「○○円からよろしかったでしょうか」「おつりのほう、○○円になります」
?????
よろしかったでしょうか、、、○○円から、、、〜〜のほう、、、〜〜になります・・・・・
徹底的に日本語が乱れてきている。
レストランなどで注文の品が運ばれてきて「こちらのほう、○○になります」などと言う。
誰かも言っていたけれど、「なるものならやってみろ!どうやったらなるんだ!」と言い返したい。
追い打ちをかけるように「お飲み物のほうはよろしかったでしょうか」とくると、もう発狂寸前の気分・・・
あるサイトで、高校の国語教師の意見として書かれていたこと。
「流行の言葉には敏感だが、古典的な用語には完全に無知である 」
公共の電波を使っているにもかかわらず、テレビの中でもこの類の言葉が氾濫している。
頭の悪そうなタレントだけならまだしも、ワイドショーなどで偉そうな顔して蘊蓄をたれている「コメンテーター」とか称している連中も同じ!!
こんな言葉を使っている限り全く信用ならない連中としか思えなくなってくる。
「感想のほう、そういうことでよろしかったでしょうか!こちら、今回の意見になります・・・」・・・どうだ!マイッタか!?え?べつに〜・・??
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サントワマミーって何??
「掲示板」に【「サン・トワ・マミー」の意味を教えて!】というのがありました。midiのデータを載せてるくせに、そういえばタイトルの意味を知らなかった私でした。一念発起、知り合いのカナダ人の女性にたずねてみました。
カナダという国はフランスからの移民が多く、特に「ケベック州」はその割合の高い地域で独立運動まで起こそうとしたそうですが、彼女はそこの出身です。以下は質問に対して「掲示板」に書き込んだ私のメッセージです。
掲示板は書き込みが増えると次々に下の方に押しやられて見えなくなるのが欠点ですので、この雑記帳に残すことにしました。
大変お待たせ(待ってないかな?)しました。
おたずねの「サン・トワ・マミー」について調べましたよ!!
何せ、イギリス訛のカナダ人の女性に英語でフランス語の意味を尋ね、日本語に考え直すんだから、頭の中はパニクッて苦労しました。
前置きはこのくらいで(ちょっとしつこかったかな?) 「サン・トワ・マミー」の「マミー」を最初私は英語の幼児語である『ママ、おかあちゃん』と思い込んでいましたが、なんと、フランス語では【m'aime】「(e)は'と/が付いてるんだそうですが・・・」と書くんだそうで、m'の部分で英語のmyに相当し、aimeはLOVEであり、[サン]はSans で英語のwithout、「トワ」はtoiと書き、英語の冠詞のようなもの(らしい)。
つまり「サン・トワ・マミー」は「お母ちゃん」には全く無関係で、【Sans toi m'aime】と書いて英語では【Without ・・my Love】つまり【私には恋はなくなった(私にLoveはない)】みたいな意味になるんだそうな。
これで、ハハーン、日本語の歌詞の【私の恋は〜 終わったのね〜♪♪】となるんだね!!! と、一人納得したのでありました。せっかく調べたから、この文章は私の「勝手に雑記帳」のページにも載せとこう!!
JASRAC おかしいんじゃない??
JASRACがまたまた変なこと決めたようです。(H14.6月現在)
今の課金制も私のHPのように、個人が商用目的などみじんもなく単なる趣味として作成したデータにまで年間数万円の著作権料を取るような決めごとに対して腹が立っているのに・・
請求書が来るのも嫌だから仕方なくLINKは外してしまったけれど、プロがフルオーケストラやフルバンドで立派なスタジオを使って録音したCDなどとは比べものにもならないMIDIデータが「CDなどの売れ行きを悪くする」というJASRACの発想の根っこがあるのだけれど、本当にその曲の(歌手の)CDが欲しい人たちはMIDIデータなんかでは、満足なんかしないよ。
そもそも市販のCDとmidiデータを比較すること自体が滑稽だ。
全く今回の決定は納得いかない。
一体何って?
「学校の子供たちや先生達が、自分の学校の校歌を自分の学校のHPに使用する場合でもJASRACの課金制を適用する」というもの!!!
一応、作曲者の承諾を得れば特例は認められるとは言ってるけれど、学校のHPに校歌を入れるのに何でいちいち許可をとらなけりゃいけないんだろ??
外部のものが勝手によその学校の校歌を使うというのなら、そこには一定の制限が出てくるだろうけれど、今回の決定は全く常識外だ。
このままだとそのうちに学校で全校集会や入学式、卒業式などで校歌を歌うたびに著作権料をJASRACに支払わなければならない、なんて事を言い出しかねない。
今までは「JASRACの課金制」に対して腹が立ちながらも何とか自分を納得させようと努力してきたけれど、今回はあきれ果てている。
皆さんはどう思いますか?
【追記】
・・・と腹が立つままに書いていたが、後日JASRACのサイトで次のような文章を発見した。
==============================================
| 学校のホームページに、JASRACが著作権を管理する学校の校歌をご利用になる場合は、著作者から特段の申し出がない限り、所定の申込書をご提出いただくことで、当分の間使用料を免除させていただくこととなりました。 |
|||
やっぱりあちこちからのブーイングがたくさんあったに違いないね。当然のことだよ!!
おまけ ↓ (^_^;
2008/04/24
なんか滑稽!!
帰宅途中、「アレ?」って言う光景を目にしました。
レッカー車が車を引っ張っています。牽引されている車はハザードランプをつけて・・・・、やっぱり車は動いていないと何だか哀れですね。
この車、ハザードランプの他にもランプをつけていました。正確には「乗っけていました」・・何を?? 赤色光です。
つまりパトカーの天井についているあの赤いランプ。
そう、牽引されていたのはミニパト!!
何があったのか知らないけれど、街中をミニパトがレッカー車に引っ張られてる図、って滑稽ですよ〜。車だから壊れるのはどれも同じなんだけど、普段駐車違反などの車をレッカー車呼んで引っ張らせるのがミニパトだから、自分が引っ張られてやんの!って思ったらおかしくてつい運転しながら吹き出してしまった(+_+)
世の中いろんな滑稽なことがあるけど、こんな小さな事でも吹き出す自分がおかしい・・・しっかりしろよ、オイ!
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道に落ちていたスズメを拾い、我が家に住み着いてもう13年になる。スズメは人に馴れやすい。カゴの蓋を開けたままにしていると、好きな時に出てきて家中飛び回っているし、飽きれば自分でカゴに戻っている。
袖口や襟元から洋服の中に潜り込んで探検するのが大好きなようだ。時にはおへそをつついて「いたずら」もする。
近頃は年取ってきたせいか、止まり木から滑り落ちることもある。ドジなすずめだ。おまけに最近はくちばしまで噛み合わせが悪くなってきていて、粟や稗などの穀類の餌はついばめなくなってしまっている。
だから毎日人間様のお食事を食べさせるんだけど、これがまた下にも書いているように相当なスズメ、いやグルメです。
スズメの寿命は何年ぐらいなんでしょうかね。家の者に言わせれば、もう<じいちゃんスズメ>じゃないか、ということだけど、誰か知っていますか?
今までは一番の好物はやっぱり日本のすずめだけあって<お米・ご飯>でした。近頃はアイスクリームがいたくお気に入りのようで、とろけて落ちないようにそっとつついて食べます。
食べながらいかにも嬉しそうに<おいしいときの鳴き声>で「シュピッ」といいます。
小さいときは<ブロッコリー>が大好きで、胃袋が満杯になって緑色に透き通って見えるほど食べていました。今でもブロッコリーはとても好きなようですが、その他には「刺身」も食べます。
時々山葵の利いた刺身をやると、あまりの辛さに頭を振り振り、それでもめげずに食べています。羊羹も大好きです。
それと「おそろしい」ことに、鶏肉のフライなども好きです。共食い状態!!
基本的に雑食なので当然といえば当然なんですが、それにしても「おいしい」と「あまりおいしくない」という意思表示をはっきり声に出しながら食べるので大笑いしたり、時には人間様がムキになってしまうこともあります。
怒られたことは分かるようで、慌ててカゴに逃げ帰り、いったんカゴに入るととたんに強がって「ジュジュジュ!」とけんかを売ってきます。
嬉しい、悲しい、変だな?、こわい、僕は強いんだぞ、おいしい、とってもおいしい、まずい、幸せ〜!、おかえり、いってらっしゃい、僕も行く〜!!、びっくりした〜、おはよう・・・その他いろんな鳴き声で感情を表します。
水浴びも大好きですが、それでもやっぱり暑い日にはペット特有の匂いがします。そのときは強制的に水浴びをさせます。つまり、むんずと捕まえて水道の蛇口の下でモミモミして体を洗ってやります。
そんな時は哀れな声でアヒルと間違えそうな鳴き方で「ギャーコギャーコ」と鳴きます。
みんな「またQちゃんのガーコ鳴きが始まった」と大笑いしていますが本人?は必死のようです。
我が家の家族は全員すずめ語が分かります。
今日も20種類以上の鳴き声を使い分けて甘えている我が家のペットです。
名前は「Qチャン」です。時々機嫌が良いと「キューチャン」と鳴きます。
最初は耳を疑いましたが、確かに「しゃべるスズメ」です。誰に話しても信じてくれませんがホントの話です!たぶんいつも<キューチャン>と呼ばれているうちに鳴き声として覚えたみたいです。

【Qちゃんの特技?】
1:鳥かごの止まり木あたりにレタスの葉っぱをとめておくためにクリップ(紙を挟むための、黒い金属につまみのバネ針金がついた文房具)で挟んでおきました。
いつの頃からか、家人が何かを食べようと包み紙をバサバサといわせると、鳥かごの中で「カシャンカシャン!!」と音をさせるようになりました。
鳥かごの金網にぴょんと跳んでしがみつき、くちばしでクリップを持ち上げて落としています。そうすることで、金属のクリップと鳥かごの針金が当たってカシャンカシャンという音を立てていました。明らかに「ちょうだい!」と催促しています。
これも最初は信じられなかったんですが、毎日毎回、食事のたびに、またはお菓子などを食べるたびにカシャンカシャンで、もうこれはやっぱり特技ですね〜〜
雀が意思表示なんかしない、などという人に見せてあげたい。
2:食事時、テーブルに飛んできてあっちの器、こちらの食器の縁に止まって中をのぞき込んで、気に入ればつついています。
ご飯を食べていると、手に持っているお箸に飛び乗ってきます。ちょうどいい止まり木になっている・・・
そのままお箸の上をすり足みたいに平行に移動してご飯の所まで行きます。お茶碗が近いと自分で食べていますが、お箸を遠ざけると今度は箸を持っている手元に来て親指の爪をクチバシでツンツンとつついて催促します。
「ごめんごめん、食べたいの?」とご飯粒を一粒あげると「ジュジュ」と喜んで食べています。食べ終わると又親指をツンツン・・・
3:何かおいしそうに食べていると、飛んできて肩に止まります。そこから精一杯首を伸ばして口元をつつきます。食べていたお菓子などを舌先にちょっとのせて出してあげると嬉しそうにつついて食べます。じらしたりすると飛び上がって口の前でホバリング。
ハチドリみたいに空中でばたばたしながら口元をつつきます。可愛いから何度でもじらしたりして・・・(^^ゞ
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スズメのQチャン(その2)
最近さすがにQチャンの年齢が気になる。
ついこの頃気づいたんだけど、どうもよく見えていないような素振りがあったので例によって飛んでいるところをムンズと空中キャッチしてよく調べてみたらビックリ!
右目がドンヨリとしている。人間で言うと白内障のようなものによく似ている。
左の目はかわいらしいつぶらな瞳で「何するんだよ!」とばかり「キュー!ジュジュジュ!」とわめいている。
やはり寄る年波には勝てないようで13年も生きているとスズメといえども老化現象があちこちに出てくるようだ。
人間様と同じく、時々は白髪に当たる羽毛が生えてくることもある。クチバシも噛み合わせが悪くなったようだ。これも時々捕まえては爪切りでクチバシの先を切ってあげたりしている。
止まり木をつかむ脚力も落ちてきた。もうそろそろ覚悟しておかないといけないのかな・・・
この13年間、本当に家の中を自由に飛び回っていても何の違和感もないように家族に溶け込んでいたスズメのQちゃんが、もしものことがあれば、きっと犬や猫を飼っている人と同じような悲しい気持ちになるんだろうね、と家族で話している近ごろです。
スズメのQちゃん(その3)
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最近鳴き声(鳴き方)がかなり変わってきた。自分でいろいろと工夫しているように(まさか!)感じる。
あれっと思うような変わった鳴き方をしているのでしばらく聞いていると、その鳴き方にいろんなバリエーションを加えて楽しんでいるみたいだ。
それも飽きずにいつまでもキューチュル・グチュッチュ・ピチョピチョチュルルンとかなんとか聞いてる方も楽しくなってくるような鳴き方で飽きもせずどうかすると1時間でも鳴き続けている。
途中で声をかけたりすると途端に「ジュジュジュッ」(怒ったときの鳴き方)でと抗議されてしまう。「ごめんごめ〜ん」と謝るとまた安心してキューチュル・グチュッチュ・ピチョピチョチュルルンなんて何事もなかったように鳴き始める。
まるで人間と対等な感じでおかしくなってしまう。
感情表現も豊かになってきた。ちょっと見ただけで今何をしたいのかがよく分かるし、鳴き声を聞いただけでそのときの気分が手に取るように分かる。
本来、鳥の鳴き声は人間が思うような「さえずり・楽しい歌声」なんかではなく縄張りの宣言や繁殖期に相手を見つけるため、あるいは仲間に危険を知らせるときなどのものなんだけど、Qチャンに限って言えば確かに楽しんでいるのである。
そもそも自分を「スズメ」だなんて思っていないんじゃなかろうか。
「大きくなったら人間になるんだ」・・・なんてピノキオか何かの絵本に出てくるような夢を描いているんじゃないかな〜なんて思ったりする。
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Qちゃんが逝ってしまった・・・
13年も一緒に生活してきたQちゃん。
Pino(愛犬)の買い物に出かけている間に、一人で逝ってしまった・・・
朝、鳥籠の敷物を取り替えてあげようとしていると、全く見えない目でちゃんと餌入れのところに来て勘を頼りに餌をつついている。全く違う所を一生懸命につついているのでそっと餌入れをくちばしのところに動かしてあげた。
見えない目でせっかく餌をついばんでいるから、後から敷物を替えてあげることにした。
「Qちゃん!」と呼ぶとちゃんと「チュチュ」と返事をする。いつものやりとり。「Qちゃん!」「チュチュ」、「Qちゃん!」「チュチュ」と何度もやりとりしていつものように一日が始まる。
買い物から帰ってきて鳥籠の異変に気づいた。何となく部屋の空気が違う気がして・・・何かが見えた訳じゃないけれど、なぜか鳥籠の底を覗かなければいけない衝動に駆られた。ある種の嫌な予感に駆られながら鳥籠を覗くと、そこには動かなくなったQちゃんが・・・
家族にショックを与えないように、そっと取り出すと、既に冷たく、固くなっている。
手のひらでそっと暖めてみるが、もちろん何の変化もない。
頭の中はこの13年間の思い出が一瞬のうちに走馬燈のようによぎる。愛する対象の「死」を目の前にして、どうしたらいいのか、躊躇してしまう。
「Qちゃんが死んだよ」・・・・・家族に一言伝える。無言。ショック・・・
予測はしていても、いつその時が来るのか誰も覚悟はしていない。
どのように、この事実を受け入れるといいのか誰も分からない。
Qちゃんが大好きだったティッシュにそっと包んであげて、丁寧に弔いをしました。
家の中から出てこれなかった家族は家の中から手を合わせて冥福を祈っていた。弔いを済ませて家に戻ると、Qちゃんの鳥籠があった場所に御神酒と浄めの塩が置かれていた。
せめてもの供養と家族が置いたもの。
その夜、たかがスズメかも知れないけれど(他人にスズメの可愛さ、賢さのことを話すと決まってバカにしたように「たかがすずめ」と言う)、家の者にとっては「たかが」などとは言えない家族の一員。
誰が言うともなく、Qちゃんの思い出を偲んで酒に紛らわせる夕食となった。
家を離れている子供たちに「Qちゃんが死んじゃった」となかなか連絡しづらくて・・・
まだまだ、ここに何と書いていいのか気持ちの整理がつかない。
スズメが死んだぐらいで、という人には読んでもらいたくない。ハムスター?たかがネズミ。 猫?犬?たかが畜生。 親?兄弟?寿命?? 大往生?
冗談じゃない。「生きる」「死ぬ」とは存在の全てじゃないか。
「たかが」スズメでもこの13年間与え続けてくれた癒し。家族に与えてくれた笑顔。帰宅した時に迎えてくれた賑やかな鳴き声。
次の朝、起きてもつい「Qちゃん」と呼んでしまう。「あ、いないんだ・・・」、何とも言えない寂しさが襲ってくる。
まだまだペットロスによる落ち込みは続くんだろうな・・・
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