第964回 かならず再び会う 〜南無阿弥陀仏に遇えば〜

 
平成23年、7月14日〜

先だった方々を思えば、在りし日の面影を懐かしく思うとともに
言いようのない寂しさを覚える。

親鸞聖人は、お弟子に宛てた手紙の中で仰せになる。

 浄土にてかならずかならずまちまゐらせ候ふべし

再び会うことのできる世界がそこにある。

今ここで、同じ信心をいただき、ともに阿弥陀如来の救いにあずかっている。

だからこそ、かならず浄土に生まれて再び会える確かさを、

今よろこぶことができる。

本願の教えに出あえた時、今ここで救われ、再び会うことのできる
世界が恵まれる。
                 拝読 浄土真宗のみ教え 34頁


毎月 お会いするものの なかなか話が合わない方もあります。
世間のおつきあいが すべてであって 若いときには 地域の旅行
今は 老人クラブの例会 忙しくて 忙しくて 後は病院通い、
お寺などには とてもいける時間は ありませんと 豪語される強者です。

何度お話ししても 年を取ったらおしまい 良いことは何もない。

死んでしまったら 何もなくなる 生きている間が 花ですと、

お浄土のお話をしても 仏さまのお話をしても すぐに 世間の
価値観に戻ってしまわれる方です。


 私たちは 明日という日が必ずあると 思っています。
将来のことですから、確信はないのに 明日はあると 思っています。
その明日も 楽しい予定が待っていると 今日から楽しいもの、
明日 嫌な予定があると 今日から気持ちが良くないものです。

明日はあることに 疑いを持たない生活をしています。
必ず明日があるように 間違いなくお浄土があり お念仏の人は
 
命終われば 必ずお浄土へ生まれ 
「よく来た よく来た 待っていました」と
 大歓迎をされ、
仏さまとして 活躍することができる世界。

仏さまと同じさとりを得て 充分にその能力を発揮できる世界がある

そう信じられれば 嵐が来ようが 雷が鳴ろうが、何の心配もいりません。
私には ちゃんと行き先があるのです。

年をとるのも 病気をするのも 寂しく感じる必要はありません。
阿弥陀さまが そして先だった先輩たちが 待ち望んでくださる

豊かな 喜び多い世界があるのです。

また、そこで会うことができるのです。この私が 待たれている、

必要とされる世界があるのです。

妙念寺電話サービス お電話ありがとうございます。
次回は 7月21日に 新しい内容に変わります。

         


           私も一言(伝言板)