第581回 鶏さん・ありがとう

 平成16年 3月 11日〜


妙念寺電話サービスお電話有り難うございます。
鳥のインフルエンザが発生したというニュースが目を引きます。 


山口、大分、京都の養鶏場で多くの鶏が死亡したので
知らべてみると、鳥のインフルエンザが日本にも上陸した
ということがわかり、大いにあわてています。


全国に広がることがないようにと、その養鶏場の鶏は
全部処分され、近くの鶏の移動しないようにと、万全の
措置が取られているようです。


大きな養鶏場ですと、何十万羽という鶏が飼われていると
いうことで、同じ場所にいたという理由で、すべての鶏の命が
一斉に奪われ、土の中に埋められています。



 人間の立場からすると、これでひと安心と思いますが、
よくよく考えてみると、可愛そうでなりません。


鶏は卵を産んだり、食用の肉として、遅かれはやかれ、
命を奪われるものですが、それは人間の血となり肉と
なるために、その一生を投げ出してくれているのです。


 ところが、その目的を遂げることも出来ずに、危険物として、
廃棄されているのです。


鶏も人間も同じ生命を持つ生き物、でも、人間の生命を
守るために食用として、あるいは今回のように、危険を
回避するために廃棄する必要があることを、悲しむ心を
忘れたくないものです。


 近頃は、たいした理由もなく、人を傷つけたり、殺したりする、
とても辛い時代ですが、それというのも、ことによると他の生命を
考える能力が養われていないためなのではないでしょうか。


自分にとって、不利益なものは殺してもいい、排除しても
いいのだ、という安易な考えが、大人にも子供にもある
ためなのではないかと思います。


こうしたニュースを聞くにつけ、人間を守るために、
多くの生命が犠牲となり、この私を生かしていることを、
教えることが、処分された多くの鶏の生命を無駄に
しないことだと思います。


ごめんなさい鶏さん、そういう思いを味わうことが出来る
子供に育つことが、人間にとって最も大事な能力かも
しれません。


そして、人間にそうした思いを育ててくれるのが、
南无阿弥陀仏の教えだと思います。


 妙念寺電話サービスお電話ありがとうございました。
次回は、3月18日に新しい内容にかわります。