第541回 私が主役の

 
平成15年 6月 5日〜

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県立の総合スポーツ施設の近くを通ると、沢山の高校生が
集まってきています。


県下の高校生のスポーツ大会が開かれているようで、
選手だけではなく、応援のために全校生徒が参加して
いるようです。


また地元のNHK主催の高校野球大会があり、TVで
決勝大会が中継され、多くの同級生が応援している
姿が映っています。


スポーツの世界では、代表に選ばれた人だけが
競技に参加し、勝負に勝ち残らなければ次の大会へは
進めません。


高校野球では全国で一斉に予選をして、勝ち残った
一校だけが、県の代表として甲子園大会に参加する
ことが出来るのです。


予選で負けた仲間の代表として、多くの仲間の思いと
ともに試合に望むのです。


最後まで競技場に残れるのは、ほんの一握りの人だけ、
多くの人は涙を呑んで大会から去っていきます。


 またTVのニュースを見ていると、アメリカ大リーグに
挑戦している数人の選手の今日の結果を、毎回毎回
繰り返し放送しています。
ついつい私たちは、オリンピックの代表選手を
見るように、応援しています。


このように、スポーツの世界では、試合をする人と
それを応援する人と、仕分けされています。



 ところで、私たちの人生は、一部の代表選手
だけではなく一人残らず全員、自分自身を
主人公として、毎日毎日を生きているのです。


スポーツと違って勝った負けただけでなく、もっとも
大事なことが在るはずです


それは、私に出来ることを精一杯やらせて
いただくこと、自分のこともですが、より多くの
人のためになることに、挑戦していくことだと思います。


父の日を前に、お父さんの忘れられぬ言葉と
いうことをラジオで放送していましたが、ある
お父さんは
「人様に役立つことを、人のためになることを頑張れ」と
いうのが、口癖だったと、投書した方がありました。


南无阿弥陀仏とは、阿弥陀に帰依します。
貴方のようなすばらしい仏様の仲間にして
いただいてありがとうございます。
ということを、口にしているのでしょう。


そして、阿弥陀さまはすべての人を救わねば
おかないと働きづめに働く仏さまです。


元気な人も病気の人も、若い人もお年よりも、
試合に出る人も、勝った人も、負けた人も、
ただ傍観し、応援する人も、すべての人を本当の
幸せにしたいと、働いておられる仏様、その仏様に
南无阿弥陀仏と手を合わせていることは、私も
そうありたいとの思いからでしょう。


選ばれた誰かだけが主役ではなく、この私が
主役で活躍する、自分で出来ることで活躍する、
それが、南无阿弥陀仏の人生であり、喜びの
生きがい在る人生だと思います。


私が人生の主役になって、南无阿弥陀仏と
頑張りたいものです。


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次回は、6月12日に新しい内容に変わります。