第419回 不可思議

    平成13年 2月 1日〜


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親鸞聖人が数多くお読みいただいたご和讚の中に、
インド、中国、日本で、お念仏の教えをご自分でも信じ、
伝えていただいた七人の高僧方を讃えられた
「高僧和讚」の最後に、ご和讚全体のまとめとして、
こんな詩があります。


五濁悪世の衆生の

  選択本願信ずれば

不可称不可説不可思議の

  功徳は行者の身にみてり


という和讚です。

 濁りきった悪い世界の人びとが、選択本願の念仏を
信じさえすれば、はかることも、説くこともできない、
言葉もおよばない功徳が、お念仏をする人の身には、
満ちるものです。という意味でしょう。


私たちはよく不思議、不可思議と軽い気持ちで
いっています。


しかし、仏教では、世の中に五つの不思議があると
説かれています。


一つは、この地上に、生きとし生けるものが数限りなく
存在して、生死をくりかえしているという不可思議です。


二つに、人の行いというものは、善いことをすれば
善い報いがあるが、悪いことをすれば悪い報いがあると
いう法則がある不思議。


三つに、夏は暑く、冬は寒いように、また雨や雪、
ヒョウやアラレが降るという、宇宙天体には自然の
定理がある不思議。


四つに、人は智慧がみがかれると、叡智によるところの
直観力がそなわってくるという不思議。


五つに、仏の教えは、一切の衆生の迷いを転じて
悟りをひらかせるはたらきがあるということで、これを
仏法力不思議と言われています。


親鸞聖人は、この五つの不思議の中でも、凡夫が仏に
させていただくという、弥陀本願の救いこそが、もっとも
すぐれた不思議なはたらきであると述べておられます。


煩悩まみれで地獄にいくような原因ばかりをつくっている、
この私が仏にさせていただけるという不可思議。

これこそ、もっとも不思議なはたらきであり、
南无阿弥陀仏のお念仏には、まことにはかり知ることの
出来ない偉大な力であるという、不思議を教えて
いただいています。   


妙念寺電話サービスお電話ありがとうございました。
次回は、二月八日に新しい内容に変わります。