2024年
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3月
3月25日〜 入院
僕は世話をしてくれる人が365日・24時間側にいないと生きてはいけない、見方によっては妻の時間を奪うお邪魔虫。妻は 今左手首と両股関節を痛めている。今回は妻が左手に力が入らない & 指がしびれるとかで明日(26日)左手首の手術・ ギブス固定することになりお邪魔虫(笑)の僕は今日(25日)から入院、退院する日は妻の回復具合を見て決まるようだ。

3月24日 下剤が効きすぎた?
下剤は最近は毎夜カマグ(酸化マグネシウム)を服用してた。ただ今回は一昨夜カマグは服用せずにラキソベロンを10滴 服用したはずだ。今朝5時半前に目が覚めて1時間ほど経った頃からお腹が冷えた感じがしてしばらくした時、突然便意が 強くなってやや固い便が含まれた液状便がどばっと出て右前まで流れていった。幸い便がリハビリパンツをはみ出す こともなくてズボンが汚れることもなくて、また幸い便が出たのが日曜の7時前の夜間の重度障害者訪問介護の ヘルパーさんがいる時間で しかも今日は同行のヘルパーさんがいて二人で排便処理と着替をしてもらえることが出来る 幸運な日だった。今朝液状便が出たのは明らかにラキソベロンとカマグを併用して下剤が効き過ぎたのが原因だろう。 でも一昨日からラキソベロンとカマグの併用はしていない、もう今回は液状便は出ないと思っているのだが自信はない。 ただ今日便が出たから次の排便は水曜日か木曜日まで伸ばせる。問題は入院中ラキソベロンをいつどれくらい使うか、 ラキソベロンを使わなくなって1ヵ月近く経つからラキソベロンの無効効果はもうなくなってると思うのだけど。

3月23日 排便追加
朝5時半前に目が覚めてすぐにパソコンを初め、Facebookを確認しコメントを返した後は午前10時過ぎまでドラマ動画を 楽しんでた。土曜日のケアは朝10時15分から。初めにK会のヘルパーAちゃんが顔を見せて珍しく訪問看護ステーション TのT看護師が少し遅れてきた。T看護師とAちゃんのコンビなら安心して全てを任せられた。今日のケアのメニューは昨日 お風呂に入ったから本来洗顔・清拭・陰洗の1時間コースだったのだけど、ケアマネージャーに頼んで洗顔・背中拭き・排便 介助の1時間半コースに変えてもらった。
最初Aちゃんが洗顔している間にT看護師はいつも通りバイタルを測り胸を聴診して脚をマッサージ。それから二人で 背中拭きと排便、背中拭きでは着替もしてもらった。背中拭きと着替をするのなら上半身を清拭するのとあまり時間は 変わらなかったのかもしれないけど、少しでもケアの時間を排便に回したかったから背中拭きだけにした。排便は浣腸液 1本を2回に分けて、最初にT看護師に摘便してもらった時は大きなガスが1発出た。1回目に液半分の浣腸をした時には 便は出かかったけど結局ガスが数発出ただけだった。だけど木曜日と同じように便が下りてきている感はあったので T看護師に摘便で出してもらった、どのくらい取れたか分かんないけど。そして残りの液を浣腸、すると腰を上下させたら 自分で便を出せた。その量は結構あったとのこと。自分で出せたら便の量は結構多いようだ、まあ自分で便を出すのが 難しいのだけど。ケアが終わったのは11時40分前、それから片付けをしたので終わったのは正午近く。時間内に 片付けまで終わらせようと努力はしたつもりなのに。
土曜日の午後からはいつもの様にパソコン三昧、ドラマ動画を楽しんだ。そして午後5時からは夜間の重度障害者訪問 介護、担当はAさん&Mさん(Tさんが翌朝7時半まで同行)。同行は何か面倒くさいけど仕方ない。それにしてもAさんは Tさんに対する説明が長いからケアに時間がかかる、それも面倒くさかった。まあそれもAさんの真面目な性格から 考えれば仕方のないことだと思う。Tさんも細かいことまでこつこつとメモを取るから真面目な性格なのだろう、好感は 持てた。実は夕方5時前にAさんとTさんが来た時に二つのことを提案された、@今日の夜間の吸引・排尿・手足の マッサージ等のTさんを参加させて欲しいA明日のOさんにTさんを同行させて欲しい。@はケアが長くなりそうで 面倒くさいので断った。Aは入院前日ぐらいはゆっくり眠りたいので断った。Tさんが早く独り立ちするには不利だけど… 自我を通させてもらった。

3月22日 Webカメラ不能
Webカメラで朝の庭の風景を撮ろうと思って昨夜の重度障害者訪問介護のヘルパーさんにカメラの位置合わせをして もらったのだが、朝カーテンを開けてもらってパソコンでWebカメラを起動させてみたらまだ朝5時だから当然真っ暗。 6時にカメラをアクティブにして見たら空が白みかけていて、朝日が横の板壁に当たり始めた時にパソコンのカメラ画面を 見たら窓ガラスに光が反射して虹が見えて…外の景色は真っ白になってほとんど分からなかった。何てことだ。
今日は朝から息苦しい感じがしてた。初めは吸引が長かったのが理由だと思っていたのだけど、痰が肺の奥かどこかに 引っかかっていたようだ。それが分かったのは朝10時過ぎからの入浴車の時だったかな。今日の入浴車のスタッフは 看護師のFさん(ケアマネージャー)とHさん・ヘルパーのMaさんとMoさん、今日のF看護師の挨拶が「お久しぶりです」と… F看護師の話をしたのも先週の初めだったな。
今日も浴槽にお湯が溜まるまでにH看護師が脚のマッサージをしてくれて、その後は看護師さん二人が万歳と左側臥位に なってタッピングしてもらってから吸引してもらった。それからみんなにスライドボードを使ってベッドから浴槽に 移してもらった。お湯に浸かるとかなり熱くて…でもすぐに熱さにも慣れた。そしてゆっくり温まりネットを上げて もらってみんなに身体を洗ってもらった。今日のネットは入浴車に付属のネット、水曜日のネットは幅が広い割には 長さが足りなくて胸が浸からなかったけど…今日のネットは長さは十分でも幅が狭くて肘がロープに当たって痛かった。 身体が洗った後はもう一度お湯に浸かってシャワーで胸にお湯をかけてもらって少し汗が出るまで十分に温まり お風呂からあがった。今日も気持ちの良いお風呂だった。
午後2時からかかりつけ医T先生の往診があって、午後3時過ぎからはH先生の訪問リハビリ。まずはベッドの右端に 端座位。なんか端座位するの久しぶり、背中から何か当りものが取れて気持ち良い〜い。端座位してる時にユキヤナギの 花がちょびっと見えた、昨日が見納めと思っていたのだが。次は立位運動3回、今日は1回目からH先生は太ももの筋肉を 使わせた。だけど腰伸ばしはほぼH先生にやってもらったって感じ、僕も腰をピンと伸ばし続けようと努力したつもり だけどなかなか…。最後は脚の可動域運動、股関節の屈曲運動では後半股関節の内側がまあ痛かった。膝の裏伸ばしも 結構痛かったし踵伸しもかなり痛かったけど入院前はこれが最後、こんな痛みもまたいいか。

3月21日 ユキヤナギの花も見納め?
木曜日の朝のケアは9時45分から。定刻に遅れること15分して訪問看護ステーションOのM看護師が来て妻と話してた。 その後すぐに洗顔を始めたのだがM看護師の洗顔は上手くて早い、10分しないうちに終わった。洗顔の途中でK会の ヘルパーMaさんが着いて、洗顔が終わったら二人で背中拭きと陰洗。M看護師の背中拭きはいつも通り右腕を上着から 脱がせて力強く丁寧に首まで拭いてくれた。
次に排便、最初にM看護師に摘便してもらうとガスは結構出たけど便が出る気配もなかった…M看護師が少しは取り出して くれたかもしれないが僕には取れたかどうか分からなかった。そして1本目の浣腸、これでガスは出たけど便はまたもや 出なかった。それでも便が下腹に下りてきた感じがあったのでM看護師に摘便で掻き出してもらった、どのくらい出たかは また分からなかった。そして2回目の浣腸、これで幾らかは自分で出せたけど…途中で止まった残便をまたM看護師にもう 一度摘便で出してもらった。ほんと僕はもう自分で便を出す方法を忘れてしまったみたい、嫌だなあ。
午後3時過ぎからは車椅子移乗、担当はM看護師と社協のヘルパーYさん。今日も車椅子に移る前に二人に立たせて もらったけど結構上手く立てたと思う、やはりこの二人のコンビは立たせるのが上手い。車椅子移乗はスライドボードを 使って車椅子に移った。車椅子は庭向き、今日はユキヤナギの花の色 白と南天の実の色 赤が目立っていた。庭のこの 景色を見ることか出来るのは今年はこれが最後だろう。

3月20日 春分の日
今日は春分の日、祝日だけどケア(入浴車と訪問リハビリ)はいつも通り。今日はお彼岸なので「忙しいのに実家とうち 両方の墓参りに行かないといけない」と僕に愚痴をこぼした。僕はなんにも出来ない…。
朝10時過ぎからは入浴車。「今日は風が冷たい」と誰かが言った、パソコンに表示されてる外の温度は昼でも10℃… 「寒い」と言うはずだ。今日の入浴車のスタッフは看護師のGさんとY子さん・ヘルパーのKさんとNiさん。「今日は簡易浴槽の ネットを持ってきた」とKさんが言った、ネットの使い心地は「幅はこのネットの方が広くて肘は痛くならないけれど、 長さが短くて胸までお湯に浸からない」。
いつもの様に浴槽にお湯が溜まるまでにY子さんが脚のマッサージをしてくれて、その後に看護師さん二人が万歳10回・ 左側臥位になってタッピングしてくれてから吸引。それからみんなにスライドボードでベッドから浴槽に移して もらった。浴槽の中に入った瞬間は結構熱く感じたけどしばらくしたら慣れて丁度いい具合になった。浴槽の中で ゆっくり温まってからネットを上げて全身をくまなく洗ってもらい、もう一度お湯に浸かって十分に温まりお風呂から あがった。浴槽の中ではネットを下げてもネットが短いからか胸までは浸かることはなく、ずっとシャワーで胸にお湯を かけてもらっていた。お風呂からあがってもしばらくは汗がひかなかった。今日も気持ちの良いお風呂をいただいた。
午後3時過ぎからはH先生の訪問リハビリ、今日は脚の可動域運動と立位運動3回。脚の可動域運動を始めたところで妻が 「お寺と納骨?に行く」と声をかけた。まずは股関節の屈曲運動、右股関節はそうでもなかったけど左股関節は後半内側が 痛かった。膝の裏伸ばしは右側が痛かったかな。踵伸しは両足ともかなり痛かったけど何とか耐えきった。その後の 立位運動はベッドの右端から立ち上がる時に1回目→2回目→3回目になるに従ってだんだん太ももを使うようにH先生が 立ち上がらせてくれて、太ももの筋肉を大分使った。今日は立ち上がった時に腰を伸ばそうと努めたつもりだ。

3月19日 代打
火曜日のケアは朝9時半から、定刻5分前に社協のヘルパーYさんと訪問看護ステーションOのKh看護師が顔を見せた。 Kh看護師の顔を見た瞬間M看護師の言葉「19日は休みを取るから代わりにKh看護師が来る」を思い出した。それに今週は NiさんWeekと思っていたのだけれどYさんが来た理由に思い当たった、「Kh看護師とNiさんの不慣れなコンビじゃケアが なかなか進まないだろう」と懸念してベテランのYさんを寄越したのだろう。いつもの様にYさんが洗顔している間に Kh看護師はバイタルを測り脚のマッサージ。洗顔の後は二人で背中拭き・陰洗と車椅子移乗、背中拭きと車椅子移乗は Yさんがかなりフォローしてくれていたように感じたけど…妻の反応を見ると時間はかなり?オーバーしたようだ。
車椅子は火曜日は庭向き。ユキヤナギの花は窓の枠で見にくかったけど少しずつ目立ってきた。南天の赤い実は今日は 曇り空だったからか輝きはもうひとつ、それにしても長くもつものだ。11時前に訪問リハビリのH先生が来て車椅子に 座ったままでリハビリ開始。まずは左上半身(肩・肘・腕・手)の可動域運動、ベッド上での右上半身の可動域運動の時も 同じだったけど外転からの腕挙げがかなり痛かった。今日は全体的に痛みを強く感じた。ベッドに戻る時の4歩の歩行 運動はH先生の肋骨の具合が思っていたより良くなかったそうで中止、代わりにベッドサイドで一度立たせてもらってから ベッドに横にしてもらった。H先生には長年担当してもらっているのだからこんなこともあるさ。
午後2時半からは訪問歯科、今日も歯科医と歯科衛生士さんが来た。歯の掃除は先生がしてくれて 歯ブラシ→歯間ブラシ →諸々の先の小さな形状のブラシ、先生が左下奥歯の歯茎の腫れを確認したところ腫れはなく赤い所が小さく なってると。ということで処置は現状維持で僕の意見(左下奥歯のブリッジを残す方向)をひとまず尊重するとのこと。 僕もひとまず良かった。

3月18日 十分
月曜日の朝のケアは10時半から、担当は訪問看護ステーションTのT看護師と社協のヘルパーNiさん。今朝4時前に1度目に 目が覚めた時からなぜだか少しお腹が痛い感じがあったから今日は便が出そうな気がした。今日もいつも通りNiさんが 洗顔している間にT看護師はバイタルを測り胸とお腹を聴診した後お腹と脚のマッサージ、Niさんの髭剃りと洗顔は今日も もうひとつと感じた。それから二人で清拭、今日の清拭も手足の指の間・身体の隅々まで丁寧に拭いてもらって 気持ち 良かった。
そして最後は排便、時計を見ると11時半を過ぎていて「やばい、急がないと」と思った。T看護師の最初の摘便で久しぶりに ガスがいっぱい出て、1回目の液半分の浣腸で珍しく自分で便を幾らか出せた。それから摘便で残便を出してもらい 2回目の液半分の浣腸を、それで便は少しは自分で出せたものの便が途中で止まりそうになったので…T看護師にお腹を 押してもらって便が少しずつ出てきた。その後に残りの便を摘便で出してもらって…T看護師に「どのくらい出た?」と 聞くと「さっきのと合わせて(両手)2杯」との答え、十分だ。その後洗ってもらってから時計を見ると12時40分、また オーバーした。申し訳ない。
午後3時からは車椅子移乗、担当はT看護師とYさん。今日も二人に立たせてもらったけど脚に力も入って上手く立てたと 思う。それからスライドボードを使って車椅子に移った。車椅子は庭向き、チビが座敷の外のコンクリートの上に 寝ているのが見えた。ひと回り小さくなってるように見えた、マルの死がこたえているのか。僕も「マルは死んだの?」と 聞かれた時は涙がこぼれそうになり、石の上のお供えの器を見た時には「マルは中の水を飲んでいたな」と思い出し涙が あふれ出しほおを伝わり落ちた。モチノキの葉は少し少なくなっていて枝が目立ち始めていた。ユキヤナギの花は 増えてはいたけれど一昨年の見事さとは比べようもない。南天の赤い実は太陽の光を受け輝いてはいたけれど…粒が少し 小さくなったみたい。庭を見ているとどうしてもマルを思い出してしまう、寂しい。

3月17日 また先に逝くのか
我が家の外猫マルが5日ほど前から腎不全で危篤状態、朝8時過ぎに部屋に来た妻に「マルは?」と聞くと「虫の息」「今日を 乗り切れるか」と。この数日点滴で命を繋ぎ止めていただけだから、動物病院が休みの今日を乗り切るのは難しいか。 マルもまた先に逝くか、運命と考えるしか仕方ないのだろう。元々野良猫のマルはうちに居ついて妻に可愛がられ、 安定したご飯と安定した居場所を与えられ幸せだったと思う。そう考えないとやるせない。マルは妻の懸命な看護の 甲斐もなく正午前に息を引き取った。内猫?チビはこの数日夜は帰ってこなかったという、チビなりに何かを感じて いたのだろう。チビにとってはこれが三度目の別れ、リン モモ(母猫) マル 母猫との仲はもうひとつだったがチビは リンともマルとも仲が良くてよくじゃれ合ってた。また一人、寂しいだろう 妻も。
猫の腎不全、リンも9年前の5月1日腎不全が起因で動物病院で亡くなった。妻が遺体を引き取ってきてくれたのだが…、 リンの身体は息していた時と同じくらいに温かかった。僕は忘れられない、9年前の4月29日の朝6時半頃にリンが発した 断末魔?の声を。もう体力が弱って大きな声は出せないはずなのに びっくりするくらい大きな声で叫んだのだ、まるで 「お母さん来て」と妻を呼んでいるかのように。僕は急いでコールを鳴らし妻を呼んでリンのいるゲージを妻が常時いる 居間の方へ持っていってもらったのだけれど…、今考えるとあの叫びは「もっと生きたい」と言っていたのかも。
ペットの終末期は家と動物病院 どちらで過ごすのがペットにとっても家族にとっても幸せなのか。動物病院の方が痛みを 抑えられる可能性があるし少しは長生きする可能性もある、正し家族と一緒にいられる時間が短くなる。家にいたら逆、 一緒にいられる時間は増えるけどペットにかかる負担は大きくなるし命の危険も大きくなる。 どちらを選択するのが正解か。

3月16日 お腹が張ってる
昨日からお腹がなんだか張っている感じがしていた。だからなのか今日の未明変な夢を見た、ゲップが出続けて全然 止まらない夢。目が覚めてもゲップがずっと出続けるようで怖かったけど、きちっと目が覚めて深く息をしたらゲップが 出てないのが理解出来て生き返ったように呼吸が楽になった。それでもお腹の張りはまだ大いに残っているようだった。 朝になってもお腹の張りが収まっていなかったので「ケアの時にガスを出してもらおう」と決めた。
土曜日のケアは朝10時15分から、担当は訪問看護ステーションTのK所長とK会のヘルパーFさん。今日のケアのメニューは 本来は洗顔・洗髪・清拭・陰洗だったんだけど…洗髪を抜いて浣腸を入れてもらいお腹のガス抜きをしてもらうことにした。 まずはFさんが洗顔している間にK所長はバイタルを測り胸とお腹の聴診をしてその後脚のマッサージ。それから二人で 清拭、出来るだけ時間を短くするためになんの注文も付けないつもりだった。だけど清拭する前に「浣腸は液を半分に する」と伝えたかっただけなのに…文字盤が苦手なK所長にそれだけ伝えるのにかなりの時間(5〜10分)がかかり、結局 Fさんが通訳してくれた。清拭はほぼスムーズに行き最後はお腹から少しでも多くガスを出すために液半分の浣腸、それで ガスも出たが便も少量出てきた。そこでついでにK所長に摘便で肛門付近にあった便を出してもらい残り半分を浣腸。 これにより自分で少し便を出すことが出来、K所長に下腹に残った残便をお腹を押しながらの摘便で出してもらった。 K所長曰く「さっきのと合わせて茶碗一杯は出た」と。今日はガスだけでも出ればいいと思っていたのに便も出て…、 今日のお腹には十分過ぎる。
昼からはケアもないのでいつも通りパソコン三昧。見逃しドラマ・懐かしのドラマ・アニメ、と言ってもほとんど テレビでは見たことないんだけど。

3月15日 通院日
今日は朝から良い天気、朝日が顔に当たって暖かく 気持ちの良い朝でした。
今日は通院日、午前11時半前に社協のヘルパー二人が来て外出準備。最初に玄関にスロープを設置して、それからYさんが 洗顔・Niさんは脚のマッサージ。そこに訪問リハビリのH先生が着いて、Niさんは脚に装具を付けてその後H先生と Niさんの二人で頸に装具を付けてからH先生が僕を一度立たせてから車椅子に座らせてくれた。そして妻が吸引して くれたのだが…痰が気管から右肺にかけてのどこかに引っかかってる感じがしていたので時間をかけて上手く取って くれた。部屋を出る時に時計を見ると12時15分といつもより遅い、気管からの痰取りとNiさんの不慣れなことによる 段取りの悪さに時間を食った。まあいつもの慣れてる二人が早過ぎるってのもあるんだけど…。いずれは要領の悪い Niさんも独りで同行になるのだろう、本当に大丈夫か。Niさんを見ていて不安が募る。
玄関から外に出ると空は青空で良い天気、絶好の外出日和。リフト車に乗り込む際にお隣の塀際の細長い花壇を見ると 花はなんにもない、ただ石垣の間に黄色いタンポポが1個見えただけだった。お隣の花壇になんにも花が咲いてないなんて 珍しい。家を出てすぐにご近所の椿の花が見えてそれからは路傍には花はなんにもなし。水の張ってある田んぼが二面 あって…「3月中旬なのにもう田植え?」と思った。しばらくすると線路沿いに菜の花が見えて、2つ隣の病院のある町に 入ると菜の花がいっぱい咲いてて鮮やかな黄色がいっぱい見えた。隣町に入ってしばらくすると黄色や白の水仙が 見えた、もう3月の中旬になるのにまだ水仙が咲いているのか。
病院に着くと玄関でリフト車を降りて救急処置室に向かうと2部屋とも使用中、廊下で車椅子からストレッチャーに 移してもらい初めての診察室に通された。まずバイタルを測り終えてそれから血糖値を確認するために血液検査。ここは 想定出来たけどここからが想定外、踵のレントゲンを撮りに行った。ずっと寝ているせいで左踵のすぐ左の皮膚?が しょっちゅう痛むと言ってたからだろうが皮膚科じゃなくて何故踵のレントゲン?、痛む左踵の左側の患部の皮膚を 厚くするしかないと思うのだが。診察室に戻ってしばらくすると主治医が来て診察と処置(カニューレ交換)、それから 主治医と妻とが話をしている中で「入院中に整形外科に診てもらいましょう」という声が聞こえてきた。この時も何故 整形外科かと思ったけれど…。診察が終わってすぐにヘルパーさん二人に脚と頸に装具を付けてもらって廊下で ストレッチャーから車椅子に戻してもらい玄関でリフト車に乗り込んだ。出発した際に玄関前の池をチラ見したら亀が 5-6匹甲羅干ししていて混み合って1匹が落ちそうになっていた。
帰途の道中リフト車の車窓から今度は桜の様子を見ていた。病院内の桜の蕾が膨らんでいるようには見えなかった。 途中の波佐見川?のほとりの早咲きの桜は僕には咲いているようには見えなかったが…ヘルパーさんは「花が咲いている」と 言っていた。家に着いた時は庭の真ん中(駐車場)でリフト車を降りてしばらく庭を眺めていた。うちの庭にも花の小さな (普通の1/5くらい)白い水仙が沢山と普通の黄色い水仙が1輪咲いていたし、ヒヤシンス(1株?)と名も知らぬ花々が結構 咲いていた。ヒヤシンスって地面に咲くとほぼ平らになるんだ、ガラス瓶の中のヒヤシンスしか知らなかったから 珍しくて初めは何の花か分からなかった。見方が違うとこんなもんなんだ。部屋に入り時計を見ると午後3時10分、 H先生もすでに来ていて庭の駐車場で待ってくれていた。今日は出かけ前の気管吸引で痰がどこかに引っかかった感じで 時間がかかったしヘルパーさんが出発準備に不慣れなこともあって出発がいつもより合計15分ばかり遅れ、病院でも 検査があって家に着くのがいつもより40分遅れになっていた。
H先生が中学3年生とのサッカーの壮行試合で肋骨を痛めたとかで今日の車椅子からベッドへの移乗は4歩の歩行運動は なし。ベッドに戻ったらすぐに脚の可動域運動、股関節の屈曲運動は股関節の内側が痛みはしたけど十分耐えられた。 膝の裏伸ばしも今日はちょっと長めだったけど痛みは我慢出来た。踵伸しはどうだったかな、かなり強い痛みは あったけど時間は短めだったから我慢出来たのかな。

3月14日 何とか出た
木曜日の朝のケアは9時45分から。定刻ちょっと過ぎに訪問看護ステーションOのM看護師が部屋の障子を開けて入ってきて 顔を見せた。すぐにバイタルを測り胸とお腹の聴診をして脚をマッサージ。そしてしばらく話しをしてから洗顔に 取りかかった。洗顔の時に右こめかみの所の時々痒みの出る出来物を擦りすぎたのか一部から出血したらしいのだが…。 洗顔が終わってしばらくするとK会のヘルパーMaさんが着いて それから二人で背中拭き、いつもの様に右腕を脱がせて 首まで力強く丁寧に拭いてくれた。
最後は問題の排便,今日も便意は弱くあまり便が下腹に下りてきている感じも少なかった。M看護師にまず摘便して もらったのだがガスが少し出ただけだった。それに1回目の浣腸でもガスしか出なかったけど便が下りてきた感じは 出てきた。それを摘便で出してもらおうと思ったのだが、固い便しか指に触れなかったとかでそれしか取れなかった らしい。それで2回目の浣腸、珍しく自分で「量は分からなかったけど」2回出せた。それでも下腹にまだ残っている 感じだったのでM看護師に再度「お腹を押しながらの摘便」を依頼、その結果も含めてM看護師曰く「たっぷり出た」と… 僕にはそんな感触は全くなかったけど。ただこれでお腹もほぼスッキリ。今日もケアに2時間近くかかった、今日は 便は出たようだが…駄目だ。
午後3時からは車椅子移乗、担当はM看護師と社協のヘルパーYさん。木曜日の車椅子移乗は看護師とヘルパーに 立たせてもらってから。二人に立たせてもらったけど今日もまあまあ調子良かった、腰を真っ直ぐ伸ばせたのは 一瞬だったけど。それからスライドボードを使って車椅子に移してもらったら車椅子は庭向き。最初に目に入ったのは ユキヤナギの花、月曜に見えたのは見間違いじゃなかった。今日は晴れていたので南天の赤い実は輝いて見えた。梅の 木から花はなくなっていた。モチノキは黄色い葉っぱが先週より多くなっていた。
1時間後まず顔を見せたのはNiさん、ベッドを整え右脚に装具を付けてM看護師の来るのを待った。それから二人で スライドボードを使って車椅子からベッドに移してもらったのだが…ひと言で言ってNiさんは力も弱いし要領も悪い。 つい重度障害者訪問介護のことを思いだした。

3月13日 入浴車
朝10時過ぎから入浴車。今朝目が覚めてからすぐに迷惑メールを着信拒否メールに登録して、それから入浴車が来るまで ドラマの動画を楽しんだ。今日の入浴車のスタッフは看護師のY子さんとHさん・ヘルパーのMさんとKさん、先週の 金曜日とスタッフはたった1人替わっただけだけど安心感が全然違った。今日も浴槽にお湯が溜まるまでにH看護師に脚の マッサージをしてもらって、それから二人で万歳と左側臥位になってタッピングしてもらった後に吸引してもらってから スライドボードでベッドから浴槽に移してもらった。そしてお湯に浸かると最初は熱く感じたが間もなく慣れた、お湯の 温度は43℃? ゆっくり温まってからネットを上げてもらいみんなに全身を洗ってもらって、それからもう一度お湯に 浸かって十分に温まってからお風呂からあがった。今日も少し汗をかいた。
午後3時過ぎからはH先生の訪問リハビリ。今日は下半身の可動域運動と立位運動3回。まずは脚の可動域運動、股関節の 屈曲運動では股関節の内側が結構痛かった。膝の裏伸ばしは今日はそれほど痛みが強くは感じなかった。踵伸しは今日は かなり痛かった。立位運動の1回目と2回目はH先生に完全に立たせてもらった感じだったが、3回目はH先生に大いに 太ももを使わさせられた。

3月12日 梅の花も終わった
火曜日のケアは朝9時半から、定刻に訪問看護ステーションOのM看護師と社協のヘルパーNiさん(Kさんが監督)が部屋に 入ってきた。最初にNiさんが洗顔・M看護師はバイタルを測った後に脚をマッサージ。Niさんの洗顔は全般的に渡って もうひとつかな、髭剃りは鼻の下が今日も剃りにくそうだったし洗顔は拭き上げをもう一度して欲しかった。次に M看護師とNiさんの二人背中拭きと陰洗。朝6時過ぎに夜間担当の重度障害者訪問介護のヘルパーMさんが帰った頃から 気管切開穴右からの痰の横漏れがひどくなって、シャツの右肩部分も濡れていたようなので背中拭きの時に上着も換えて もらった。陰洗はNiさんも段取りさえ覚えれば出来るかな。
車椅子移乗はスライドボードを使って車椅子に移る。車椅子は庭向き、ユキヤナギの花は見間違いだったようで なかった。老白梅の花びらもほぼ終わった、1ヵ月間僕を楽しませてくれた。今日も曇り空だったからか南天の赤い実は 輝いているようには見えなかった。こんな景色を眺めながら11時前から訪問リハビリのH先生が上半身の可動域運動と 4歩の歩行運動をしてくれた。可動域運動は車椅子上よりもベッド上の方が痛かった。4歩の歩行運動は脚に力は 入ったけれど…なんか変な感じだった、距離が近かったからか。でも歩行運動はまあまあ かな。
午後2時半からは訪問歯科、口の中のケアが終わった後の結論は左下奥歯のブリッジの真ん中(歯のない部分)と歯茎が 当たる所のブリッジを削るために大学病院か嬉野医療センターで処置を受けろと言う。断った僕を妻は「気が小さい」と 言ったが僕が恐いのは処置ではない、僕が本当に恐いのは「処置した時に歯ぎしりしても音が出せなくなる可能性が あること「と「娘に遺すつもりの金歯のブリッジを削られて軽くしたくはないこと」。これだけは譲りたくなかった。

3月11日 珍しく? 出た
今朝も5時前からパソコンを始め10時前に眠気が襲ってきたのでパソコンを終わらせ目を閉じていた。今日の朝のケアは 10時半から。珍しく訪問看護ステーションTのT看護師と社協のヘルパーのKさんの二人ともが定刻より遅れて部屋に 入ってきた、Kさんの月曜日のケアはなんか久しぶりのような気がした。いつもの様にKさんが洗顔している間にT看護師は バイタルを測り胸の聴診をしてお腹を重点的にそれと脚をマッサージ。それから二人で清拭と排便介助。清拭のやり方と 丁寧さとかは土曜日のN看護師とはやっぱり違う…気遣いが。N看護師の時はケアが長引くのが嫌だったからあれこれ口を 出すことはしなかったけど…、文字盤も時間がかかるし。
ケアの最後は排便、先週よりは下腹に便が下りてきている感じはあったけど便を出せる自信は全くなかった。1回目の 浣腸で珍しく少し便が出たのは出たが途中で止まって出せなかった。それをT看護師に摘便で幾らか出してもらって 2回目の浣腸。これでまあまあ出たのだけれどまた途中で止まってしまって…再度T看護師に摘便してもらって下腹に 下りてきている分の便は出た。これでどうやら次の排便日(木曜日)まではもてると思って排便は終わりにした。時刻は 12時半を過ぎていた、10分ぐらいまた時刻を読み誤った。
午後3時からは車椅子移乗、担当は今度もT看護師とKさん。二人に立たせてもらうこともスライドボードで車椅子に 移ることも安心して任せられた。車椅子は庭向き、南天の赤い実はまだ丸々さを保っていた。老白梅の花びら少しはまだ 残っていた。ユキヤナギは二〜三個花が付いているように見えたが…ユキヤナギの花が咲くのはこの時期だったかな、 去年は梅の花が咲く前だったような。

3月10日 日曜日はパソコン三昧
日曜日は夜間の重度障害者訪問介護以外はケアは来ない。だから通常は妻がケアしてくれているのだけれど面倒になって きたから先週からケアはもう断ってる。手首と両股関節を痛めている妻の日曜日のケアはもういいや。どうしても 洗顔して欲しいのなら夜の重度障害者訪問介護のヘルパーさんに頼めば済む…ことだ。
今日の朝5時からパソコンを始め一日中動画を見てドラマ三昧。この1年で目がかなり悪くなったようでパソコン画面では 文字は太字以外はほとんど見えないのだ。だから文字の多いgacco講座を受講するのは難しくなった。他にも 出来ないことがあちこちに。それ故に動画鑑賞に逃げた…。

3月9日 疲れる
土曜日のケアは朝10時15分から。定刻5分前に部屋の障子を開けて入ってきた訪問看護ステーションTのN看護師とK会の ヘルパーFさんの顔が見えた。その瞬間「何故今日もこのコンビなのか、他の組み合わせもあっただろうに」と思ったが…、 N看護師の駄目さ加減を今日もヘルパーのFさんが日頃になく珍しくフォローしてくれた。それにしてもN看護師の気付きの なさは何だろう、清拭の時の寒さ対策はどっちもつかずだし陰洗の時の差し込み便器も便器の後ろも右太ももの下に 斜め、ベッドを壁にひっつける時も手首から手か出てるのに気付かずにベッドを壁にくっつけて壁とベッドの間に手を 挟む。Nさんはこんな調子で40年以上?看護師をやってきたのか、驚きもあったけど呆れたというのが正直な感想だ。
土曜日は午後のケアはないからゆっくり動画を楽しんだ。そして午後5時から夜間の重度障害者訪問介護、担当はMさん。 これから半日以上、疲れそう。

3月8日 大惨事?
朝10時過ぎからは今週2回目の入浴車。新しい入浴車になってから10分ぐらい遅く来る傾向にあったから油断して パソコンを続けていたら、定刻に来たので大慌てでパソコンを終わらせた。今日の入浴車のスタッフは看護師のY子さんと Hさん・ヘルパーのMaさんとNiさん、ちょっと頼りなく?見えそうなメンバーだけどもう慣れただろうから大丈夫だろうと 油断してたかな。今日も浴槽にお湯が溜まるまでに看護師さん達に脚のマッサージ・万歳・左側臥位になって タッピングしてもらってから吸引してもらって、スライドボードを使ってベッドから浴槽に移った。ネットを下げて もらいお湯に浸かると久しぶりにあっちっち、しばらくしたら熱さにも慣れた。お湯の中でゆっくり温まり、ネットを 上げてもらいみんなに全身を洗ってもらってもう一度お湯に浸かって足し湯と胸へのシャワーで十分に温まってから お風呂からあがった。
ここまではいつも通りで順調だった。着替を済ませバイタルチェックをしているところで大きな声がした「お湯が 止まらない」と、タンクの供給口が閉まっているかどうかを確認せずにシャワーのホースを外したからお湯が出てきた とのことだ。噴き出したお湯の量は多量だったようだ、フロアーマットの裏側までずぶ濡れだったらしいし敷居も 濡れていたらしい。フロアーマットをベッドを動かして剥ぐって干し、午後4時に入浴車のスタッフがフロアーマットを ベッドをまた動かして敷きに来てくれた。こうして入浴車始まって以来の珍事が幕を閉じた。
午後2時からかかりつけ医T先生の往診があって今日の行事はこれで終わり、今日は訪問リハビリのH先生は有給で 休みだからリハビリも休み。H先生は今日長男さんの卒業式に出席するとのこと、ほんとH先生は家庭想いの強い 理学療法士だ。まあこの家庭想いの強さは限日本社会の風潮になっていると思われるがH先生はその先駆け的存在だろう。 僕がまともに社会生活出来ていた時期まではそんな風潮を実行に移す人は珍しかったと思うけど。僕が生活していた 時代は「男は家庭を守る=仕事第一」の時代だったから。

3月7日 出たの?
木曜日の朝のケアは9時45分から。少し遅れて訪問看護ステーションOのM看護師が来て僕から「踵がかなり痛い」という話を してから洗顔開始。洗顔が始まってすぐにK会のヘルパーAちゃんが来た、それだけ踵の話を長くしていたということか。 洗顔が終わったら次は二人で背中拭き、今日もM看護師の背中拭きは片腕脱いで丁寧に力強く背中はもちろん首まで 拭いてくれて気持ち良かった。
最後はいつも苦悩している排便、今日は下腹に幾らか下りてきている感じはあったけど便意はほぼなかった。M看護師の 最初の摘便で幾らかガスは出たけれど「便には届かない」と言うことだった。それから1回目の浣腸をM看護師をして もらったのだが結果は同じで出たのはガスだけだった、ただ便は肛門近くまで下りてきた。それでM看護師が摘便して くれたのだが「固い便がある」とは聞こえたけどどのくらい取れたのかは自分では分からなかった。その後も僕には下腹に 残便感があったしM看護師からも「便が軟らかくて逃げて取れない」と言われたしで2回目の浣腸、それで軟便が幾らかは 出たがまた途中で便が止まった。その時に僕は「自分で便を出す自信が全くない」ことを自覚した。それからM看護師の 懸命なお腹押しと摘便で残便も出たのだけれど…どのくらい出たかはまたもや分からなかった。午後の車椅子移乗の時に M看護師に聞いたのだけど今日は「便はいっぱい出た」とのことだった。1週間以上便が上手く出てなかったら下剤の 使い方をもう一度考え直すべきか迷っていたけれど、もうしばらくはカマグ(酸化マグネシウム)だけでいこう。
午後2時から急遽訪問歯科。僕が気になっていたのは左下奥歯の一番奥の歯と歯茎の内外・6-7番間の歯茎、ところが 歯科医は5-6番間の歯茎の腫れを気にして治療していった。そして「腫れが収まったらブリッジの底(6番の歯相当)を 削って歯茎との間に隙間を作る」という。確かに5-6番間の歯茎の腫れ・6-7番間の歯茎の腫れの一部は治まるかも しれない。だけど僕が問題だと思っているのは一番奥の残ってる歯だ、歯茎の表面に出ている部分はほんのちょっとだし ブリッジの基礎にはなっていないのかもしれない。左下奥歯のブリッジは左下5番だけで支えているのではないかと僕は 思っている。以前の左下奥歯のブリッジは一番奥がぐらぐらしたり浮いたりしていたが、今度の金歯のブリッジが しっかりフィットしていればいいのだが…しょっちゅう左下奥歯の一番奥の歯茎が腫れるところをみるとどうもそうでは なさそうだ。何にせよ僕は今のブリッジを騙し騙し死ぬまで使うことを希望している、死んで火葬された時に娘に左下 奥歯のブリッジを残せたらいいなと思って。金歯あと二つあるから息子達にはそれらを…。
午後3時からは車椅子移乗、担当はM看護師と社協のヘルパーのKさん(Naさんは見学)。Naさんは体幹も強いし力もあるから すぐに出来ると思う。木曜日の車椅子移乗は一度立たせてもらってから。M看護師とKさんに立たせてもらった時に腰は きっちり伸ばせなかったけどまあ上手くは立てたと思う。スライドボードで車椅子に移って庭が見える向きに座らせて もらった。老白梅の花・花びらはまだ多くはあったけどかなり小さくなっていた。ユキヤナギの枝が幾分伸びているように 見えた。曇り空だったからか南天の実の赤が少しくすんでいるような気がした。こうやって1時間庭の景色と居眠り?を 楽しんだ。

3月6日 新しい入浴車
朝10時20分頃から入浴車、新しい入浴車になって2回目利用になるが今日は浴槽の上に張るネットを新しい入浴車に付属の 物に替えたそうだ。今日の入浴車のスタッフは看護師のGさんとYさん・ヘルパーのKさんとNaさん。いつも通りお湯が 溜まるまでに看護師さん達に脚のマッサージ・万歳・左側臥位になってタッピンしてもらった後に吸引してもらって、 みんなにスライドボードを使ってベッドから浴槽へ移動してもらった。ネットを下げてお湯に浸かると丁度いい温度、 気持ち良かった。ゆっくり温まってからネットを上げてもらいみんなに全身を洗ってもらって、もう一度温度を上げて もらったお湯に浸かって足し湯と胸へのシャワーで十分に温まってからお風呂からあがった。ネットを上げてもらい 体勢を整えてもらった時に首の後ろが痛くなった、ネットのロープが首の後ろに当たって痛むようだ。これが新しい ネットか、困って「首が痛い」と訴え体制を変えてもらった。今日もお風呂に浸かっている時に少し汗をかいた、「たった 1℃の違いで今度の入浴車はこんなに熱さの感じ方が違うのか」と思った。今日も気持ちの良いお風呂だった。
午後3時過ぎからはH先生の訪問リハビリ、下半身の可動域運動と立位運動。まず脚の可動域運動、今日は全般的に痛みが 早く強く来た。股関節の屈曲運動では股関節の内側がかなり強く来た。膝の裏伸ばしも数を数えながらかなり耐えたし 踵伸しも我慢した。ただ足の裏を指圧されると結構痛くて 特に踵を指圧されて我慢出来なくて声を上げた。立位運動は 今日は脚も使わされたし腰伸ばしも頑張ったつもりだし…最近の中では良い方かな。

3月5日 妻外出
今日妻は手首と両股関節の検査のため朝8時半には出かけていった。訪問が来るまでの1時間は重度障害者訪問介護の ヘルパーAさんが来てくれて、ケアの後も訪問看護ステーションOのM看護師が訪問リハビリが終わるまで そして妻が 戻って来るまでは僕のケアマネージャー 社協のF看護師がいてくれた。妻の手首と両股関節はかなり酷いらしく全て 手術が必要とのことだ。手首の手術は3月下旬・股関節は4月上旬に佐賀大学病院で検査をしてその結果を見て手術の日程を 決めるとのこと。妻が手術・入院している間は当然僕も入院、手首の手術の時は2週間弱・両股関節の手術の時は2ヵ月で 済むか? 1ヵ月以上入院していると身体もかなり弱ってしまうと思うがそれもまた運命、仕方ない。モモもそろそろ 迎えに来る準備を始めたか、長生きし過ぎだもんな。気になるのは妻の手術・入院している間はチビとマルに誰がごはんを あげるのか、猫用の自動餌やり機ってあるのかな。
火曜日のケアは朝9時半から。社協のヘルパーNaさんが5分前に来てM看護師が少し遅れてきた。今日はNaさんの元気そうな 笑顔を見て嬉しかった。そしてNaさんが洗顔している間にM看護師はバイタルを測り胸とお腹を聴診して脚のマッサージ。 それから二人で背中拭きと陰洗、背中拭きはM看護師がいつも通り力強く丁寧に拭いてくれたから気持ち良かった。陰洗は 丁寧に洗ってもらって痒みも小さくなった。陰洗も含めNaさんはM看護師によくついていってた。羽根布団を掛けての 側臥位はやはり邪魔で難しそう、羽根布団をいつ卒業出来るか。
最後は車椅子移乗、スライドボードを使って車椅子に移してもらった。車椅子は庭向き、窓も開けてもらった。白梅の 花が小さく少なくなっていた、そろそろ見納めか。南天の赤い実は曇り空の下でも輝いていたが少しずつしぼんで きているように見えた。モチノキに黄色い葉っぱが見えた、これからどうなるのか。午前11時前からは訪問リハビリ、 H先生の上半身の可動域運動とベッドに戻るための4歩の歩行運動。まず車椅子に座ったままで左上半身(肩・肘・腕・手)の 可動域運動、今日は左手の挙上運動はかなり痛かったけど結構穏やかにリハビリを受けることが出来た。次に4歩の歩行 運動でベッドに戻った。ちょっと歩きにくいところもあったけどその分脚に力を入れ腰に意識を向けた、F看護師と M看護師も見ていたし…。ベッド上でも右上半身の可動域運動と呼吸リハ、右上半身の可動域運動は肩の外転からの右手の 挙上運動と手の指の運動が痛かった。呼吸リハでは胸を押してもらっている時に痰が剥がれた、ずっと痰がどこかに 引っかかってる感じがあったけどようやく取れた。リハビリが終わったらすぐにM看護師が昼の経管栄養をつないでくれて 帰っていった。その後は妻が戻ってくるまでF看護師が見守り、今日は色んな人にお世話になった。
午後2時半からは訪問歯科、左下奥歯の一番奥の外側の歯茎に触れたら痛む。歯科衛生士さんに左下奥歯の歯茎を掃除して もらったら外側からも内側からも血が出てなかなか止まらなかった。血液さらさらの薬を飲んでるからか。まあいい。 妻から「歯ぎしりで音が出せないのならもう取ったら」と言われたがそうはいかない、子供たちへの最後の贈り物に したいのだ。左下奥歯のブリッジは娘へ、右上奥歯のブリッジは上の息子・左上奥歯の被せ物は下の息子へ。金の価格は 当時より大分上がっているから何かの足しにはなるだろう。

3月4日 また駄目だ
月曜日は排便の日。ラキソベロンから完全にカマグ(酸化マグネシウム)に切り替えて初めての排便の日、朝から便意も ほぼなかったし便が下りてきている感じもほとんどなかった。排便がどんな結果になるか不安だった。
月曜日の朝のケアは10時半から、訪問看護ステーションTのT看護師と社協のヘルパーNaさんが部屋に入ってきた。だが 僕のお気に入り?のヘルパーNaさんがケアに来てくれているのにさほど嬉しさは感じなかった。自分の気分が明るくないと こんな風になるんだ、不思議なものだ。そしていつもの様にNaさんが洗顔している間にT看護師はバイタルを測り胸と お腹の聴診をしてお腹と脚のマッサージ。それから二人で清拭と排便介助。清拭は今日も力強く丁寧で、身体の隅々まで 手足の指先も指の間もきちんと拭いてくれた。最後は排便、今日もT看護師とNaさん二人に苦労して介助してもらったが… 自分では便がどのくらい出たのか分からなかった。やはりラキソベロンを併用した方が出やすいみたいだけど、 カマグのみを1ヵ月以上続けないとやる意味がない。カマグの服用量を朝・晩に増やすかな。下痢してでもいいから一度 消化器系をスッキリさせたいものだ。
午後3時からは車椅子移乗、担当のT看護師とNiさんが5分前に着いたから僕は慌ててパソコンを終わらせた。月曜日の 車椅子移乗は一度看護師さんとヘルパーさんに立たせてもらってからスライドボードを使って車椅子に移る。二人に 立たせてもらったけど脚に力が入ってまあまあ上手く立てた。だけどその後僕が端座位している時に一瞬にNiさんが 不安定になった。その際以前僕を車椅子からベッドに戻している時に脚を骨折したSさんのことを思い出した。Niさんも Sさんの二の舞になりそうな予感がしてならない。スライドボードでの移動はT看護師の指導で何とか上手くいった。 車椅子の向きは庭の方、白梅の花は今日も残ってた。南天の赤い実は小雨の中輝いていた。今日も良い景色を見た。

3月3日 ひな祭り
今日も朝5時からパソコン三昧。妻は掃除が終わった午前11時半頃からケアをしてくれようとしていたのだけれど、 パソコン入力の途中だったこともあったし面倒くさくなってケアを断った。脚を痛がってる妻に立ちっぱなしのケアは 酷だろうし、僕も1日ぐらいケアしなくても気にならないし。ただリハビリパンツのしわでお尻が痛むのだけは勘弁して 欲しいけど、まあ夜間担当の重度障害者訪問介護のヘルパーさんが来る5時まで我慢するしかなかったが。
今日はひな祭り、うちのお雛様はもう座敷に飾ってあるのだろうか。それにしてもうちのお雛様はいつからあるのか、 昔会社に勤めていた頃に住んでいた福岡県のマンションでは見たことないと思うけど。それに今日カレンダーを見るまで 「昨日が娘の誕生日だ」ということを思い出さなかった、昨日が3月2日だということはどこかで認識していたはずなのに… 情けない。

3月2日 Webカメラ
土曜日のケアは朝10時15分から、定刻5分前に訪問看護ステーションTのT看護師とK会のヘルパーMoさんが姿を見せた。 今日もこの二人がコンビなんてもったいない話だが…。二人が着いた時にまだパソコンを終わらせてなかった僕は慌てて ウインドを閉じシャットダウンした。
いつもの様にMoさんが洗顔している間にT看護師はバイタルを測り胸を聴診してから脚のマッサージ。次に二人で洗髪、 T看護師に頭を洗ってもらうなんて久しぶりだったけど頭の痒い所に指も届いて…気持ち良かった。それから清拭、胸の 冷えにもちゃんと気を使ってくれたし手足の先・間まで力強くきちんと拭いてもらって…気持ち良かった。最後は陰洗、 陰部の周りは久しぶりに痒いとこだらけで…きちんと洗ってもらったから痒みもなくなって良かった。土曜日の陰洗は 差し込み便器を差し込んで洗うんだけど、3月末でK会を辞めるMoさんにはあと何回お尻を持ち上げてもらえるのかな。
午後はケアがないからドラマの見逃し配信を楽しんで、見る動画がなくなったら次はWebカメラで庭の景色を楽しんだ。 チビが何回かカメラの視界を出入りした。庭の老白梅の花はまだ残っていた、1ヵ月近く僕を楽しませてくれている。 カメラで見る南天の赤い実は今日も鮮やか、こちらは3ヵ月以上僕を楽しませてくれた。5時前に重度障害者訪問介護の ヘルパーAさんが来て…チビが休んでいる室内の方へカメラの向きを変えてくれた、本当は庭の時間変化の静止画を カメラで撮っていたから午後6時までは庭の景色を撮りたかったんだけど…Aさんの気の良い好意の表れだから仕方なく 受け取った。

3月1日 通院日
今日は通院日。午前11時25分頃社協のヘルパーYさんとNiさんが来て外出準備、まず玄関にスロープを設置した後Niさんが 洗顔している間にYさんは脚のマッサージと装具付け。洗顔の途中で訪問リハビリのH先生が着いて頸に装具を付けて くれた。Niさんの髭剃りは今日ももうひとつかな、他のヘルパーさんとT字カミソリの使い方が異なるから剃りにくそうに 思えた。脚と頸の装具付けが終わってからH先生に一度立たせてもらってから車椅子に移してもらい、車椅子の座面の下に 取り付けたボードの上に人工呼吸器を置いて最後に妻に吸引してもらって丁度正午に部屋を出た。玄関から外に出ると 空は青空、絶好の外出日和だった。
今日の外出の目的のひとつは病院までの道中の路傍付近に咲く花々の様子を見ること、だけど路傍付近で目に入ったのは 所々に咲く黄色い菜の花だけ、他の花の色はほとんど見えなかった。水仙はまだわずかに残っていて黄色と白い花が 1ヵ所ずつ、プランターの花は今が植え替えの時期なのかあまり目立たなかった。梅の花はほぼ終わっていて僅かな 残り香しか見ることは出来なかったけど…1本だけ薄いピンクの花がいっぱい付いてる木があった。あれは梅じゃあなくて 桃かもね。今は花が一番少ない時かもしれないな。
病院に着いて玄関でリフト車を降り 救急処置室に入って時計を見ると午後1時、部屋を出てからリフト車の乗り降りを 含めて1時間かかった訳だ。車椅子からストレッチャーに移り、バイタルを測ってから主治医を待った。今日は前回と違い M副師長がいたから楽だった。しばらく待つと主治医が来て診察とカニューレ交換、この日ようやく「今使っている カニューレのカフのエアーがカニューレが変更になってから抜けやすい」ことを主治医に伝えることが出来た。診察が終わったらすぐに帰る準備、ヘルパーさんが脚と頸に装具を付けてストレッチャーから車椅子に移してもらい玄関でリフト車に 乗り込んだ。出発した時に玄関前の池を横目でチラ見したら亀が1匹甲羅干ししていたような…。
今日は家の庭でリフト車から降ろしてもらい風は冷たかったけど庭をプチ散歩、フキノトウがいっぱい出てた。部屋に 入った時に時計を見ると午後2時半、今日は訪問リハビリのH先生が早めに来てくれて(2時50分)リハビリ開始。最初に 4歩の歩行運動で車椅子からベッドに戻った。歩行は太ももや膝に力も入ったし、まあまあかな。それから脚の可動域 運動、股関節の屈曲運動と足を挙げての膝の裏伸ばしは痛くはあったけれどいつもより楽に感じた。それに対し踵伸しは かなり効いた。



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2月
2月29日 駄目だ
今年は夏季オリンピックがある年 すなわち4年に1度のうるう年、昔はこのオリンピックのある年の1月3日中学の同窓会が あっていたものだが…たぶん1996年の同窓会が最後かな。今日は朝から29(ニク)日と言ってたな、今年は肉の日が12回も あるから。でも昔も29(ニク)の日と言っていたっけ、昔は肉を安く食べられる店はそんなになかったから たぶん。
木曜日の朝のケアは9時45分から。少し遅れて訪問看護ステーションOのM看護師が来てバイタルを測り(血圧計は今日も 忘れていた)胸の聴診をして洗顔開始。そして洗顔の終わり頃にK会のヘルパーMaさんも来て、背中拭き用のお湯を替えに 行った。それから二人で背中拭きと排便介助、M看護師の背中拭きはいつものことながら力強く丁寧。排便は今日は 絶不調、朝から便意もほとんどなかったし便が下りてきている感じもほとんどなかった。それに浣腸液を2本使っても ほぼ出なかった。どうしたものかな。ラキソベロンが身体にもう効果が出なくなっているようだから、しばらくカマグ (酸化マグネシウム)を毎日服用するように切り替えてみることにした。
午後3時からは車椅子移乗、担当はM看護師と社協のヘルパーYさん。今日も二人に立たせてもらったけどまあまあ上手く 立てたと思うが腰はきちんとは伸ばせなかった。その後スライドボードで車椅子に移してもらって庭の方を向けて もらった。見えるか見えないかの雨が降っていた。梅の花は思っていたよりたくさん残っていた。明日の通院の道中に 梅の花は見えるかな。

2月28日 新入浴車
金曜日の午前中の入浴で人工呼吸器を着けて以来在宅で21年間お世話になった入浴車に別れを告げ、今日から新しい 入浴車(24時間テレビ提供)になった。前の入浴車は一体型の浴槽だったけど今回の浴槽は二分割型、接続部からお湯が 漏れそうな気がしたのだが接続部は多層構造になっているようで漏れることなど当然なかった。ただその多層構造の 一部にお湯が入り込むようで水はけには気を使っているようだった。そして浴槽に対しお湯の供給量が前の浴槽より多い 割にタンクの容量が90リットルと前のタンクより少ないらしく スタッフが何度もタンクの確認に通っていた、最新鋭の 入浴車でタンクに満杯センサーは付いているらしいのだがうちの屋外の水道がセンサー装置に対応していなかった。 浴槽の大きさは前の入浴車の浴槽とほぼ同じということで入り心地はほとんど変わらなかった。途中で足し湯を してもらったのだが、お湯の供給量が多くなった分お湯の回転が良くなって久しぶりに汗をかいた。
朝10時20分頃から入浴車。今日の入浴車のスタッフは看護師のY子さんとHさん・ヘルパーのKさんとNiさん、今日から 新しい入浴車ということで排水ホースを間違えたり段取りに戸惑ったり排水後に浴槽にお湯が出たりと、不慣れな浴槽の 設置と片付けにみんな苦労しているように見えた。入浴自体はいつもとほとんど変わらず…、看護師さん二人に脚の マッサージ・万歳・タッピングをしてもらった後吸引してもらって みんなにスライドボードを使ってベッドから浴槽に 移してもらった。それからお湯に浸かり中でゆっくり温まり、ネットを上げてみんなに全身を洗ってもらった後もう一度 お湯に浸かり温度を上げた足し湯と胸へのシャワーで久しぶりに汗が出るまで十分に温まりお風呂からあがった。 あがってからもしばらくは汗がひかなかった。今日も気持ちの良いお風呂をいただいた。
今日は訪問リハビリのH先生がキ合で休みだったので午後はパソコン三昧。そして夕方5時に重度障害者訪問介護の ヘルパーAさんが来て夜間の介護開始。昨日Aさんは「午後9時にMさんと交代する」と言っていたのだけれど…、9時に なっても10時になってもMさんは現れなかった。結局朝までMさんは現れなくて…、Aさんが昨日言ったことは 何だったのだろう。Aさんは「来月看護師資格を持っている方を14日に同行します、いいですか」と訊いてきたが決定権の ない僕にそんなことを訊いても無駄だ、スケジュールは妻の手首 および股関節?の手術と入院期間次第なのだから。 入院のことを妻はAさんに話してないのか、まあいつ入院するのか入院期間はどのくらいなのか決まってないのだから 仕方ないか。そういえば妻が不気味なことを言ってたな、「自分が介護出来ない身体になったらどうする?」って。 それって運命に任せるしかないだろう。ほんと長生きし過ぎだな。

2月27日 今日の庭の風景
火曜日のケアは9時半から。社協のヘルパーNiさん(Kさんは監督)が定刻に来て洗顔準備。今日はNiさんが「洗顔の見学を したい」ということでKさんが洗顔を実施、Niさんは昨日の髭剃りの不都合を自覚した上でのことだろう。まあ僕には顔を 石鹸で洗った後の拭き取りももうひとつに思えたけど。少し遅れて訪問看護ステーションOのM看護師が着いてバイタルを 測り胸を聴診して蘆をマッサージしてくれた。洗顔が終わった後はM看護師とNiさんで清拭・陰洗と車椅子移乗、所々に Niさんの慣れてない感が感じられたけどM看護師のリーダーシップ(説明と口数が多過ぎる?)とKさんの指導でケアは少し 時間オーバーして無事?終わった。
火曜日の車椅子は庭向き、梅の花は今日もいっぱい咲いていたが蕾かガクかの区別がつかず先週の激しい雨でも 残っていた花か新しく咲いた花か分からなかった。ユキヤナギは葉っぱが増えてた感じがした、これからどうなるのか。 南天の赤い実は今日はあまり目立たなかった。モチノキには枯れかかった葉も出てきた、これから裸になるのかな。 そんなことらを考えながら車椅子に座って庭の景色を見てた。
午前11時頃からは訪問リハビリ、H先生の上半身の可動域運動とベッドに戻るための4歩の歩行運動。まずは車椅子に 座ったままで左上半身(肩・肘・腕・手)の可動域運動、今日は先週に比べ全体的に痛くはなかったけれど左手の指の運動は かなり痛かった。歩行運動は重心移動の際に腰を伸ばしきろうとしたが何歩目かに一瞬腰が引けそうなったけど… 耐えた。最後はベッド上での右上半身の可動域運動、こっちの方はまあ耐えられたかなって感じ。
夜間(夕方5時〜翌朝6時)の担当の重度障害者訪問介護のヘルパーOさんが新型コロナウイルスに罹ったということで 夜9時に代わりにAさんが来てくれた。僕がパソコンばかりしていたので話し掛けづらかったのか寝る前になってAさんが 話し出した。重度のヘルパーMさんの文字盤の使い方が僕には合わなくてイライラするし時間もかかるから、もうこれから Mさんとは最低限の話しかしないと決めたのでAさんとMさんの文字盤の使い方の話しをする必要はないと考えた。ついでに 新しい人員についても話しをしようとしたと思うのだけど…、今以上の期待を重度障害者訪問介護に求めても仕方ないと 観念しているのだから「もういい」と話しを遮った。今や吸引が出来て夜間の妻の負担がなくなれば誰でも同じだ、期待 しない・期待してもしょうがない。突発事故の時はもう諦めるしかないんだと言いきかせて…。

2月26日 月曜日のケア
月曜日の朝のケアは10時半から、睡眠不足からか眠気が襲ってきたので10時前にはパソコンを終わらせ目を閉じていた。 定刻前に訪問看護ステーションTのT看護師と社協のヘルパーNiさんが来てケア開始。Niさんが洗顔している間にT看護師は バイタルを測り胸とお腹の聴診をしてお腹と脚のマッサージ。Niさんの髭剃りは鼻の下の髭を剃るカミソリの使い方が 特にまだ荒いかな。それから二人で清拭と排便介助、清拭はどこもかしこも 手足の間・指先まで力強くかつ丁寧に 拭いてくれた。排便は今日ももうひとつ、2回の浣腸でなんとか二塊近くは出た。お腹を押しながらの摘便では自分で 出し切れなかった残便も出たしガスも出た。ただNiさんのお腹の押し方が今日はもうひとつ合わなかったかな。ほんと 自分で便を出せないのが情けなくてたまらない。
午後3時からは車椅子移乗、担当はT看護師とKさん。車椅子に移る前に今日は二人に立たせてもらったけど、ベッドから 立ち上がるのはまあ上手く出来たのだが腰を伸ばし続けるのは難しかった。車椅子はほぼ庭向き、梅の花は先週の激しい 雨でもう散っていると思っていたのだけど…まだずい分残っていた。激しい雨や雷鳴に耐え続けた花なのか雨の痕に 新しく咲いた花なのか分からないけれど。車椅子からベッドに戻る時はT看護師とNiさんが担当しKさんが監督、 スライドボードでの移動かなりぎこちなかったけど移れた。Niさんがいくら不器用といっても近い将来には 慣れるだろう。

2月25日 ケアはもういらない
午前11時半前から妻がケア、「立っているのが辛い」と言っていたから「ケア(洗顔と歯磨き)はもういい」と思って いたのだけれど…妻が「どうしても」と言うからケアしてもらった。歯磨きでは左下奥歯の一番奥の外側の歯茎からは 今日も血が出たと言う、確かにスポンジブラシで左下奥を拭き上げた時にスポンジにたっぷり血が付いていた。血液 さらさらの薬を服用しているから血が止まらないと問題だけど、今のところスポンジブラシで難解か抑えていたら血も 止まるようだから…まあいいか。
最近は日中に妻を何回も呼ぶと脚が痛いのか顔つきが不機嫌そうで恐いので夜間の重度障害者訪問介護が待ち遠しいの だけれど、今日は午後5時前に玄関が開いて男の声がしたから二日連続かと落胆した。介護事業所T自体が人材不足だし 僕の担当メンバーは5人しかいないので選択も出来ないから…仕方ないな。まあ誰が来ても機体はしてないし…。

2月24日 またもや時間オーバー
土曜日のケアは朝10時15分から。担当の訪問看護ステーションTのT看護師とK会のヘルパーTさんが顔を見せた、確かに 木曜日にTさんが来た時に「土曜日も来る」と言っていた。そしていつもの様にヘルパーのTさんが洗顔している間に T看護師はバイタルを測って胸の聴診をし脚のマッサージ。それから二人で清拭と陰洗、どちらも丁寧拭いて洗ってもらい 順調に進んでいったけど終わったのは11時半過ぎ、二人ともなんの無駄もなかったけどまたもや時間オーバーだった。 洗顔と清拭と陰洗をやって1時間で終わらせるのはやっぱり無理のようだ。
ケア開始直後に妻は出かけていった、午前11時半に重度障害者訪問介護のヘルパーAさんが来るという。その通り時間前に Aさんが来て正午に昼の経管栄養を入れその後は吸引・排尿介助と見守り、それから午後5時にMさんと交代した。この Mさんも僕は苦手、翌朝7時半まで一緒だと思うとちょっと憂鬱。案の定気管吸引において痰を吸い始めるまでに他の 人よりやや時間がかかることに不満を感じ、寝る前の文字盤でイライラがつのりついに爆発…妻とMさんの前で日頃の 「モモにそろそろ迎えに来てほしい、苦しまないで死ねたらいつでもいい」という想いが口を出た。僕は長く生き過ぎた。 いろいろ考えるのも進言を受けるのも面倒くさくなった。

2月23日 天皇誕生日
今日は天皇誕生日とのこと、令和になって5回目の天皇誕生日なのに未だにピンとこない。天皇誕生日は4月29日と頭に 刷り込まれている昭和の人間だから、明仁上皇(平成天皇)や今上天皇(令和天皇)の誕生日に未だに馴染めないでいる。 今日は天皇誕生日という祝日なのに入浴車も訪問リハビリもいつも通り、有り難い。
朝10時過ぎからは今週2回目の入浴車。今利用している入浴車は今日が最後、次回からは新しい入浴車になるという。 21年間 お世話になりました。今日の入浴車のスタッフは看護師のFさん(ケアマネージャー)とHさん・ヘルパーのNiさんと Moさん、F看護師以外は今年度から僕の入浴車のスタッフに加わった新しいメンバーだけどもうみんな慣れたものだ。 今日も浴槽にお湯が溜まるまでにまずH看護師が脚のマッサージをしてくれて、それから二人の看護師さんが万歳・ 左側臥位になってタッピングして吸引してもらってからみんなにスライドボードを使って浴槽の中に移してもらった。 そして浴槽の中でゆっくりと温まってからネットを上げて全身を洗ってもらい、もう一度お湯に浸かって設定温度を 44℃にした足し湯とシャワーで十分に温まりお風呂からあがった。ベッドの上でしばらく汗がひかなかった。最後の この入浴車も気持ち良かった。
午後3時過ぎから訪問リハビリ、今日はFケアマネージャーと障害の方のマネージャーSさんがリハビリの見学に来た。 見物人がいるとやはり気合いが変わってくる。今日はマットレスが裏返しになっていたので一度車椅子に移りその間に マットレスを直してもらいベッドに戻るために4歩歩いた。歩きはまあまあかな。次はベッドの端に端座位、背中が 久しぶりに解放されて気持ち良かった。それから立位運動2回、今日はH先生の動きが僕に太腿の力を津からを使わせる 方向の動きだったけど立ち方はまあまあだったと思う。最後は脚の可動域運動、今日も股関節の屈曲運動で内側が 痛んだけれど水曜日ほどではなかった。膝の裏伸ばしと踵伸しは今日の方が痛かったかな。

2月22日 千客万来
木曜日の朝のケアは9時45分から。ところが訪問看護ステーションOのM看護師が10時過ぎに到着、それからも携帯電話 トラブル(M看護師の声が相手に聞こえない)で時間が過ぎその内にK会のヘルパーTさんも着いた。すぐにM看護師が洗顔を 始め次に二人で背中拭きに取りかかった。M看護師の背中拭きは今日も力強く丁寧で、いつも右腕を服から抜いてまで 拭いてくれるからこの時期は寒いけれどエアコンの温度を上げて背中も胸も拭いてくれる。エアコンの温度を上げたり 下げたりするよりもさっさと拭いた方が早いといつも思うのだけれど。
最後は悩みの排便、便は下腹に下りてきている感じはしたけどM看護師が摘便してくれて出たのはM看護師曰く「チョコの 欠片みたいな小さな固い便7-8個とガスが数発」。そして1回目の浣腸では少量の便汁とガスのみ。2回目の浣腸で1回目の 浣腸で下りてきた便の塊が自分では分からなかったけど「たっぷり」出たらしい。最後の固い便と残りの便汁を左側臥位に なってお腹を押しながらの摘便でたっぷり?出してもらって、仰向けになったらまた便汁が出て 残りを摘便で出して もらってようやくお腹もスッキリ。ほんと自分で便を出せないのが情けない。それに今日の朝のケアも2時間かかって 締まってヘルパーのTさんは45分オーバー、追加費用は設定したのか。申し訳ない。こんな浣腸や摘便を繰り返すなんて 家だから訪問看護だから出来ること、病院だったら便が出るまで放りっぱなし。こんな状態で入院したらどうなるか。 ラキソベロンの効き目が弱くなっているから一度切ってカマグ(酸化マグネシウム)だけに切り替えるかな。
午後3時からは車椅子移乗、担当は社協のヘルパーNiさん(Yさんは監督)とM看護師。今日もM看護師とNiさんに立たせて もらったけど結構上手く立てたと思う。スライドボードを使って車椅子に移ったが今日はテレビ向き、保健福祉事務所の 保健師さんが来るから。それにしてもNiさんは肩に力が入り過ぎ、Niさんのことを見ているとどうしても車椅子移乗中 骨折したヘルパーSさんのことを思い出す。
3時半に保健師さん二人(1人は課長)が訪問、どうやら僕が作って保健福祉事務所に送ったALS患者に対するアンケートが 出来ないということを伝えに来たようだ。まあ保健福祉事務所管内にALS患者が9人いるらしいのだがその内の5人が現在 病院にいるというのならアンケートが不要なのも仕方ない話だ、病院に5人もいるなんて想定外だ。それよりも保健所の 体質が四半世紀前とちっとも変わらないのに驚いた、相変わらず難病患者に対してなんの情報提供もしていないようだ。 「問われなければ知らんぷり、問われて初めて応える」というお役所体質は今の保健所とて変わらないようだ、難病患者は 何を問うていいかさえも解らないのに。
車椅子らかベッドに戻る時はH先生がベッド移乗の応援に来てくれて4歩の歩行運動で戻った、というのはM看護師が車検で 凝られなかったから。歩行はまあまあの調子で体重移動出来た。その後ヘルパーYさんとH先生の二人に背中を整えて もらって終了、ありがとうございました。

2月21日 入浴車
朝10時過ぎからは入浴車。昨日ほどではないけれど今朝も時々雷鳴がなる激しい雨、連日防災放送で節水のお願いが朝 流れていたがもう聞かずにすむだろう。ヘルパーさんが「今朝は寒かった」と言っていたが、僕は朝目が覚めると呼吸が 早くなって加湿器で暖めきれなかった空気が肺に一気に流れ込んできて身体を冷やすから…朝目が覚めたら極寒で寒さを いつも感じているから朝の冷え感は分からないのだ。
今日の入浴車のスタッフは看護師のY子さんとYさん・ヘルパーのKさんとNaさん、Y子さんのメイン役は久しぶりだし Yさんも僕の入浴車に慣れておしゃべりもかなり出るようになった。僕はY看護師のキャラクターを誤解していたようだ。 浴槽にお湯が溜まるまでにまずそのY看護師に脚のマッサージをしてもらい、二人の看護師さんに万歳・左側臥位になって タッピング・吸引してもらってからみんなにスライドボードを使って浴槽の中に入れてもらった。僕の身体が温まるまでの みんなの井戸端会議はこの時期らしい人事異動や社協内の話、僕には分からぬことばかりだがそれぞれの立場で人との 関係においての苦労や悩みがあるという。女性が多い職場はかえって難しいらしい(微笑)。それからネットを上げて みんなに全身を洗ってもらい、もう一度お湯に浸かって十分に温まってからお風呂からあがった。今日も楽しくて 気持ちの良いお風呂だった。
午後3時過ぎからはH先生の訪問リハビリ、下半身の可動域運動と立位運動。股関節の屈曲運動は内側が今日はかなり 痛かったし、膝の裏伸ばしも痛かったが…踵伸しは今日はそこそこかな。立位運動の時にベッドにH先生に端座位に してもらう際に窓の外の梅の木が見えた。昨日今日の激しい雨にもかかわらず花はしっかり残っていた。立位運動 そのものは1回目と2回目はベッドから立ち上がるのも腰を伸ばすのもH先生に頼ってしまったけど、3回目はそこそこ 自分の力が出たと思う。

2月20日 梅の花も散り始めた
まだ体調は戻らない、風邪を引いたような感じがまだ残ってる。昨日羽根布団にして寝る前に風邪予防の漢方(麻黄湯)を 服用してもう1枚掛け物を増やしたのに…。
火曜日のケアは朝9時半から。5分前に社協のヘルパーNaさんが顔を見せた。Naさんの明るい笑顔を見るとこっちまで心が 明るく軽くなる。昨日Yさんから「Naさん宅のお子さんが病気」と聞いていたから「今週は顔を見せることはないのかな」と 思っていたのだけれど…。Naさんが洗顔しているところに訪問看護ステーションOのM看護師が来てバイタルを測り胸の 聴診をした後に脚のマッサージ。その後二人で背中拭きと陰洗、どちらも厚い羽根布団がかなり邪魔そうだった。今日の M看護師の背中拭きも力強く丁寧で気持ち良かった。陰洗も前も後ろも丁寧に洗ってもらった。
最後に車椅子移乗、スライドボードを使って車椅子に移してもらった。車椅子は庭向き、梅の花の蕾もまだあるように 見えたがもう散り始めてもいた。南天の赤い実は輝きは変わらなかったけど少し小さくなったように見えた、熟して 縮んだのかも。午前11時前からは訪問リハビリ、車椅子に座ったままでH先生に左上半身(肩・肘・腕・手)の可動域運動を してもらった。一番痛かったのは小指の可動域運動、思わず悲鳴?を上げた。リハビリの途中で窓の外からチビが「入れて」 と鳴いていたのでH先生に窓を開けてもらった。次はベッドに戻るための4歩の歩行運動、出来はまあまあだったと思う。 最後はベッド上での右上半身の可動域運動と呼吸リハ、肩の内転・外転からの腕挙げが痛かったが内転はいつもより腕が ほんの少し高かったみたい。今日の呼吸リハでは痰が肺から上手く剥げて気管に上がってきた、ナイス。
午後2時半からは訪問歯科、今日も歯科医と歯科衛生士が二人で来た。先生がまず歯周ポケットの深さをチェックし そのまま口の中の処置(歯間ブラシ・歯ブラシ・歯石取り)、でも歯科医には珍しく手先が粗めに思えて結構痛かった。 これじゃ歯石取り以外は歯科衛生士さんに任せた方がいいんじゃないかな。

2月19日 風邪引いた?
朝5時前に目が覚めてしばらくしたら肺も上半身も冷えてきて風邪引いたみたいになってきた。やっぱり羽根布団じゃ ないとまだ身体が冷えているようだ。妻もそう思っていたようで朝羽根布団に替えてくれたが…今日一日風邪引いた みたいだった。
月曜日の朝のケアは午前10時半から、社協のヘルパーYさんが5分前に来て訪問看護ステーションTのT看護師は珍しく ちょっと遅れて来た。いつも通りYさんが洗顔している間にT看護師はバイタルを測り胸を聴診してから脚のマッサージ。 それから二人で清拭、少しばかり胸が寒かったけれどどこも力強く丁寧に拭いてくれて気持ち良かった。ここまでは 順調に来た。しかし便が出る気がしなかった、せめて下腹に下りてきていた便だけでも出てくれればと願ったが…。さて 排便の時間、最初にT看護師に摘便をしてもらったら幾らかのガスが出て幾らかのコロコロ便が取れたらしいが…。そして 浣腸してもらったら固い便と軟便が片手弱出たと言うが、出すことの出来なかった固い便が下腹に残ってる感じがした。 それを摘便で取ってもらって左側臥位にしてもらったら、詮が取れたように少ない量の軟便がだらだらと時間をおいて 出てきた。どこかのタイミングで2本目の浣腸を使ったら便がスッキリ出たかもしれないけど、浣腸液を2本使うのは週に 1度にしたかったし 浣腸したら時間的にもオーバーすると思ったから…下腹に便がまだあると感じたけど終わりにして 陰洗してもらった。それでも眼鏡をかけて時計を見たら0時半を過ぎていた、また時間オーバー。スッキリ排便するには どうしたらいいんだろう、分かんなくなっちゃった。
午後3時からは車椅子移乗、担当は午前中と同じT看護師とYさん。月曜日は二人に立たせてもらう、結構すんなり立てた。 車椅子にはスライドボードを使って移って車椅子の向きは庭の方、梅の花がまた増えた。南天の赤い実は今日も輝いて いた。ユキヤナギの葉っぱはどうなるかよく分からん。

2月17日 ヒヤリハット
土曜日のケアは午前10時15分から。最初に部屋に入ってきたのは訪問看護ステーションTのK所長、顔を見た時は「あちゃ」 と思ったけど「月曜日にK所長が来るよりいいか」と思い直した。パートナーはK会のヘルパーMoさん、看護師をも積極的に リードしてくれるし信頼の置けるヘルパーだ。ところがそのMoさんから衝撃のひと言を聞くことになるとは…、「3月末で 辞める」と言うのである。ショックでケアの間中「心ここにあらず」状態だった。顔や性格も含めてK会で一番好きな ヘルパーだったのに…。長生きすると辛いこともそれだけ多く経験するな、朝妻からは「股関節の手術をしなければ ならない」と聞かされてショックを受けたばかりだったのに。まあ妻のことは研修医の息子から「そういう事もあり得る」と 聞かされてはいたけれど。
Moさんが洗顔している間にK所長は他の日と同じ様にバイタルを測ってから胸の聴診をし脚のマッサージ。そして今日は 洗髪、K所長が髪を洗う役・Moさんがお湯を流す役と補助、K所長が所々忘れていたのでMoさんが横からアドバイス。洗う 強さはほぼほぼ良いんだけどただ最も痒い所に指が届かないのが玉に瑕。次は二人で清拭、胸に置いてもらう温タオルの 冷えるのが前ほど早くなくなった。拭き方はまあまあ、手と足の指の間まで拭いてくれて気持ち良かった。最後は陰洗、 差し込み便器をお尻の下に差し込んでもらう時に僕も腰を上げる努力をしMoさんもお尻を持ち上げてくれるのだが…最近 差し込み便器をお尻の下に差し込むのに2回ヘルパーさんに持ち上げてもらうことが多い。それだけ僕の腰を上げる力が 弱くなったことの裏返しだけど…。ケアが終わったのは正午前、またオーバーしてしまった。
夜間(夕方5時〜翌朝7時半)の重度障害者訪問介護の担当はAさん。妻が出かけている時に呼吸器回路のトラブルが起きた、 回路の水抜きをしてもらった時に回路のどこかが外れたらしい。まず文字盤で「バッグ(アンビュー)で押して」と伝え… バッグで押してもらいながら時々文字盤をして、呼吸が続かないから何回かに分けての文字盤になるので僕の考えている ことがなかなか伝わらなかった。僕はただ Aさんが回路の外れている場所を1ヵ所に固執してそこばかりを見ているから、 「他の所で回路が外れてないか調べてみたら」と言いたかっただけなのに。かなり経って?Aさんに僕の意図がようやく 伝わりAさんが調べてみたら外れている箇所がすぐ見つかった。これで「事なきを得た」訳だが…、改めて「重度障害者 訪問介護は使えないな」ということを思い知らされた。まあ回路外れは重度障害者訪問介護の仕事の範疇じゃないのかも しれないけど。

2月16日 通院日
今日は4週間ぶりの通院日。午前11時半前に社協のヘルパーKさんとNiさんが来て外出準備。最初に二人で玄関に スロープを設置してからKさんが洗顔している間にNiさんは脚のマッサージ。そして二人で脚に装具を付け始めたところに 訪問リハビリのH先生が来て二人の装具つけを見守り、その後Niさんに装具の付け方を教えていたみたいだ。それから H先生とNiさんの二人で頸に装具を付け、H先生が僕を一度立たせてから車椅子に座らせてくれた。そして妻に吸引を してもらってへらを出たのが午後0時5分、いつもより時間がかかっていた。玄関から外に出たら陽射しはあるが雲が多い 空、リフト車に乗り込んでも車椅子のリフト車の固定に時間がかかった。「今日の同行はヘルパーさん二人 Kさんが 監督役で付いているからいいが、同行がNiさん一人になった場合は大丈夫か?」と思ったのが正直なところ。リフト車が 出発し下の窓から路傍の景色を見ていたが…水仙はもう終わったみたいだしプランターの花々も少なくなっていた。
今日の外出の楽しみは病院までの道中で梅の花の咲く様子を見ること。近所の垂れ梅を含めたら今日見えた梅の花は 紅梅6本・垂れ梅(濃いピンク)2本・白梅3本、11本全て今が見頃だった・川棚町から波佐見町に入ってすぐのコンビニの横を 通り山の方を見ていると、山の上の方に道が見えてきてその道の脇に大きな白梅がある。毎年この時期にその梅の木の 大きさと花の付き具合に感心しているから一見の価値はあると思っているが、自動車を駐めてゆっくり見られる所じゃ ないから隠れた銘木みたいなものだ。それとチラ見だけど印象に残ったのがとある家の庭の垂れ梅(紅梅)、直径4m位は あって大きくて全体は見えなかったけど綺麗そうな垂れ梅だった。今日は梅の花が見れて満足した。
病院に着いて玄関でリフト車を降りて救急処置室に向かった。処置室に入ると見知らぬ看護師さんが…。それから 車椅子からストレッチャーに移乗する時もまた見知らぬ看護師が…、3月・4月は異動の時期だからその準備に入ったか。 時計見ると1時10分といつもの時刻、どこかで遅れを取り戻していた。バイタルを測り終えたら「今日は採血がある」と、 採血の準備をするまでは早かったのだけど指示待ちをしているのかなかなか針を刺さなかったので終わるまで結構時間を 要した。採血の結果が出たのかしばらくすると主治医が来て診察とカニューレ交換、そして妻と処方の打ち合わせをして 戻っていった。処方で追加になったのは踵のすぐ左の塗る塗り薬、蘆の指の血行促進にもいいらしい。それから帰る 用意をしリフト車に乗り込んだ、ここでも車椅子をリフト車に固定するのにやや時間がかかった。病院を出る時に 玄関前の池を見たら亀が2匹気持ち良さそうに甲羅干ししていた、亀は平和だ。家に着いて部屋に入り時計を見ると 2時50分、いつもより20分ぐらい遅いが車椅子に座ったまま訪問リハビリにはいい時間だった。それにしても家と病院、 不慣れなヘルパーと不慣れな外来看護師がいた割にはよくこれだけの遅れで収まったものだ。
午後3時10分頃のH先生が着いてリハビリ開始。最初にベッドに戻るための4歩の歩行運動、最初の1歩目が腰を 伸ばしきれない感じだったけど以降の重心移動は腰を伸ばしきるよう努めたつもりだ。次は脚の可動域運動。股関節の 屈曲運動では股関節の内側がかなり痛かったが…耐えた。膝の裏伸ばしも踵伸しも痛かったけど…我慢した。 リハビリ後の雑談でH先生と妻が「ギネスブックに載るまで生きろ」みたいなことを話していたが、無理だし迷惑だろう。

2月15日 うちの白梅もきれい
木曜日の朝のケアは9時45分から。緊急呼び出しに対応してたとかで訪問看護ステーションOのM看護師が10時過ぎに 着いて、バイタルを測りながらおしゃべりしているうちにK会のヘルパーAちゃんが来た。そして洗顔を後回しに することを決め二人で背中拭きに入った。今日は腕を抜かずに背中を拭くことを希望、それでもM看護師の拭き方は十分で きちんとしてて丁寧、気持ち良かった。
次に苦手意識のある排便、M看護師の最初の摘便で固い便がある程度取れたらしいが…指の届かない奥に固い便がまだ あるとのこと。それ出すために1回目の浣腸、それで固い便の大部分は出たと思うが途中で止まって…形のある便を出す 力はもう僕のお腹にはないようだ。そこでM看護師に摘便してもらい残便と便汁を出してもらったのだが、それでも M看護師はまだ「上の方に便がある」と言うし 一度は「もう終わりにしよう」と諦めた僕も上の方に便があることは認識して いたので2回目の浣腸をしてもらった。この2回目の浣腸で便汁に近い便がひと塊出てお腹もスッキリしたので終わりに した。
午後3時からは車椅子移乗、担当はM看護師と社協のヘルパーNiさん(Kさんは指導係)。M看護師は10分遅れ Niさんと Kさんが足の装具を付け終わる頃に着いた。頸にも装具を付けてもらった後M看護師とNiさんに立たせてもらったけど 思っていたより安定していた。そして車椅子移乗はスライドボードを使って車椅子に移る。ただNiさんの スライドボードの使い方はもうひとつスムーズではなかった、まだスライドボードの使い方をまだ解っていないという 感じだった。車椅子の向きは庭とテレビが見える位置。うちの白梅も綺麗に咲き始めた。火曜日は車椅子に座っている 時に見た際は咲いている花は10輪ぐらいしかなくてそれも離れた所で開いていて うちの梅の花ってたいしたことないなと 思っていたのだけれど、花が多くなってくると見栄えが全然変わってくるんだな。紅梅なら花が少なくても目立って 見えると思うのだが、白梅は花が少ないと映えないから。一昨年までは花が1輪でも付くと喜んでいたのに、2年前の春 死んでる幹を剪定してもらってから期待するようになって…贅沢になった。

2月14日 バレンタインデー
バレンタインデー、僕には昔から縁のない言葉だ。妻が毎年うちに訪問してくれている方々にチョコレートを渡している そうだ。鈍感な僕にはその辺の配慮はなかなか思い付かなかったが、「自分ならそうしてもらったら嬉しい」という 元看護師ならではの発想なのだろう。今日来た入浴車のスタッフからも「チョコレートいただきました」と笑顔で 言われたし…。
朝10時過ぎからは入浴車。今日の入浴車のスタッフは看護師のGさんとY子さん・ヘルパーのKさんとMoさん、安定した メンバーだと思った。いつもの様に浴槽にお湯が溜まるまでに看護師さん達が脚のマッサージ・万歳・タッピングして もらった後に吸引してもらって、みんなにスライドボードを使ってベッドから浴槽の中に移してもらった。今日も お風呂に入った瞬間は熱く感じたけどすぐに慣れて、熱くしてもらった足し湯と胸へのシャワーでゆっくり温まった。 そしてネットを上げて全身をしっかりと洗ってもらいもう一度お湯に浸かって足し湯とシャワーで汗が出るまで十分に 温まりお風呂からあがった。お風呂からあがってもすぐに汗は引かなかった。それだけ気温が上がってきたのだろう。 今日も気持ちの良いお風呂だった。
午後3時過ぎからはH先生の訪問リハビリ、今日は下半身の可動域運動と立位運動3回。最初の可動域運動の股関節の 屈曲運動では股関節の内側が痛かったけど次第に慣れてきたのか痛みが薄らいでいった。膝の裏伸ばしも踵伸しも 痛かったが先週ほどではなかった。次の立位運動は2回目・3回目は比較的楽に立てたと思う、 今日はまあまあだったかな。

2月13日 火曜日のケア
火曜日のケアは朝9時半から、今日も社協のヘルパーKさんが部屋に入ってきた時にはパソコンをまだ終わらせてなくて… 慌ててシャットダウン作業に入った。そしてKさんが洗顔しているところに訪問看護ステーションOのM看護師が来て バイタルを測り胸の聴診をして脚のマッサージ、M看護師の脚のマッサージは結構ゴリゴリで効くのだ。それから二人で 背中拭き。M看護師の背中拭きは右腕は上着から脱がせて左肩はそこまで下げなくてもいいだろうと思うほど下げて 抜くからちと寒い。だけど力強く丁寧に拭いてくれるから気持ち良くて…何も言えなかった。最後の陰洗を終えて 車椅子移乗、火曜日の車椅子は庭向き。うちの白梅にも20輪ぐらい花は咲いてはいるけど…もうひとつ綺麗くない、 何故だろう。ユキヤナギも葉っぱは枯れかけているように見えるけど…葉っぱが少なくなった気配はない。南天の赤い 実も今日は目立っていなかった。
午前11時前からは訪問リハビリ、H先生の上半身の可動域運動。今日も窓を開けたまま・車椅子に座ったままでまずは 左肩の可動域運動。横から手を挙げる時ちょっと痛かったけど…ちゃんと我慢出来た。次はベッドに戻る時の4歩の歩行 運動、一歩目の体重移動に少しばかり不安を感じたけど後はまあまあだったと思う。ベッドに戻ってからは右上半身の 可動域運動、真上に真っ直ぐに手を挙げる時と手の指の運動が痛かった。今週から暖かくなるらしいからそろそろ関節の 動きも良くなってほしいものだが。
午後2時半からは訪問歯科、今日も歯科衛生士さんと歯科医が一緒。珍しいことに先生が初めから歯間ブラシと歯ブラシで 口の中を掃除、普通は歯科衛生士さんがやるのに。それから歯科衛生士さんの指摘した下の歯の後ろに付いた歯石削り、 歯科医は優しく扱ってくれる先生が多いのに今日は削る時に結構痛くて…出血したのはどこからだろう。

2月12日 振替祝日
今日は振替祝日で午前中のケアのみ、でも来てもらえるだけありがたいと思わないと。朝のケアは10時半から、5分前に 訪問看護ステーションTのK所長が部屋に入ってきた。が 顔を見た瞬間K所長は久しぶりだし摘便は期待出来ないと 悟った。定刻に顔を見せたのは社協のヘルパーYさん、復帰したのかと思うと嬉しくなった。
いつも通りYさんが洗顔している間にK所長はバイタルを測り胸を聴診し脚のマッサージ、「あれっ 今日はお腹の マッサージはなしか」と思ったけど口にはしなかった。それから二人で清拭と排便介助。清拭は手足の指の間まで しっかりと拭いてくれたし丁寧さはあったけど…胸がちと冷えた。排便は懸念していた通り、2回の浣腸で下腹に 下りてきていた軟便とガスはなんとか出た。だけどその後の摘便ではころころ便3個と残っていた便汁がちょっと出た だけだった、K所長は指が短そうだから奥まで届かないのだ。T看護師ならもう少し出せると思うのだが、今日は祝日で お子さん達の相手 仕方ない。今日の一番の収穫はYさんの元気な顔を見られたこと、それだけでも良かったのかな。

2月11日 建国記念日
今日は日は建国記念日、日曜日だから明日も振替祝日で休みになる訳で世間では三連休。介護を受ける身としては迷惑 千万の話だけど昔はその恩恵を受けて喜んでいたのだから文句は言えないか。
午前11時過ぎから妻が洗顔・歯磨きをしてくれた。陰洗の話はもう妻の口から出なくなった、「脚(の付け根)が痛いのに 陰洗してる」と言われてまで妻にケアを請うのは酷だし いろいろなことを言われるのも嫌だし…。まあ半日以上(夜間) 妻が僕の部屋に顔を出すこともないし、基本的に訪問の人がいる時は昼も夜も妻は僕の部屋には来ないから。以前は 「せめて夜だけでも時々顔を見せて欲しい」と頼んでいたけど、今はもうそんなことを思うこともなくなって… 期待するのをやめた。

2月10日 もったいない
土曜日のケアは朝10時15分から。担当は訪問看護ステーションTのT看護師とK会のヘルパーMoさん、この二人が一緒なんて やっはりもったいない話だ。T看護師はどんなヘルパーでも対応出来るし、Moさんなら消極的な看護師でも上手くリード してくれるのに。
いつもの様にMoさんが洗顔している間にT看護師はバイタルを測り胸を聴診し脚のマッサージ。それから二人で清拭、 上半身の前を拭く時に胸が冷えないようにきちんと考えてくれていた。手足の指・手足の指の間もちゃんと拭いてくれた。 MoさんはT看護師の指示待ちではなく自分の考えで率先してケアを進めてくれるから他のヘルパーより時間は短くなるはず なのだが…ケアが終わったのは11時半近く、T看護師とMoさんのコンビでも洗顔・清拭・陰洗を1時間で終わらせるのは 無理だった。やはり土曜日のこのケア計画は成り立たないようだ。

2月9日 金曜日のケア
朝10時過ぎからは今週2回目の入浴車。羽根布団にしてから汗をかかない限り暑いのか寒いのかよく分からないのだが、 布団を取ると今日が寒かったことがよく分かった。今日の入浴車のスタッフは看護師のGさんとYさん・ヘルパーのMaさんと Kさん、いつもの様に浴槽にお湯が溜まるまでに看護師さん達に脚のマッサージ・万歳・タッピングをしてから吸引して もらった。G看護師が両手を挙げてもらうと結構思いっ切り上げてくれるからより気持ちがいい。そしてスライドボードを 使ってベッドから浴槽に移してもらいお湯に浸かった。それから足し湯と胸にシャワーでお湯をかけてもらってゆっくり 温まり、そしてネットを上げて全身をみんなで洗ってもらいもう一度お湯に浸かって温度を上げた足し湯とシャワーで 汗が出そうになるまで十分に温まりお風呂からあがった。今日はお風呂上がりでも身体が冷えることはほとんど なかった。今日も気持ちの良いお風呂をいただいた。
午後2時からはかかりつけ医T先生の往診、今日も診察とカニューレ交換だけだからすぐに終わった。そして午後3時 過ぎからはH先生の訪問リハビリ。最初に脚と頸に装具を付けてH先生に上半身を支えてもらってベッドの右端に端座位。 今日は少し息苦しくて途中でバッグで押してもらった。端座位自体は普通の調子だったと思う。次は立位運動、1回目は 腰を伸ばす時ちょっと抜けそうな感じだったけど…2回目・3回目は腰にまあ力が入った。最後は脚の可動域運動。 股関節の屈曲運動は久しぶりに股関節の内側がかなり痛かった。膝の裏伸ばしは今日はまあまあ、踵伸しもかなり 痛かった。

2月8日 散歩
木曜日の朝のケアは9時45分から、訪問看護ステーションOのM看護師が15分以上遅れてきて「洗顔は排便が終わってからに しよう」とのこと。そうしているうちにK会のヘルパーMaさんが合流、まずは背中拭き。M看護師の背中拭きは右腕を服から 抜いてから、多少寒くはあってもきちんと丁寧に拭いてもらえるのだ。そして次は排便、昨夜はラキソベロン15滴と カマグ(酸化マグネシウム)を服用してた。それでも1本目の浣腸ではガスしか出なくて、2本目の浣腸で便が出かかったが 形があって出なかった。それをM看護師が摘便で取りだしてくれたのだが「固い便だ」と。そして「摘便で詮が取れた」 らしくて便が次々に下りてきて、それをM看護師が必死のお腹押しと摘便で取り出してくれて…1時間半近くも かかったけれど「二週間分くらいの便が出た」らしい。これでお腹もペッコリ。久々に瓶がたっぷり出て安心したし久々に ゆっくりした気分になれた。最後に洗顔してもらって、ケアの終わりにM看護師から「今日梅の花を見に行きましょう」と 提案があって…「どのくらい咲いているんだろう、楽しみ」。
午後3時からの車椅子移乗、社協のヘルパーNiさん(主導)とKさんが先に来て脚のマッサージをしているところにM看護師が 着いた。脚と頸に装具を付けてからM看護師とNiさんが立たせてくれたのだが…思っていたよりまともに立たせてくれた。 そしてスライドボードを使って車椅子に移って寒さ対策をして僕とM看護師二人でご近所の散歩に出かけた。外に出たら 思っていたより風が冷たくてちょっとブルブル。まずは庭からお隣のMaさん宅の梅の木を拝見、赤い花が綺麗に 咲いていた。次にうちの後ろの方のKさん宅の垂れ梅、何輪か咲いてはいたがまだまだ咲き始め。その次は焼き物屋さんの 駐車場、白梅はかなり咲いていたけど紅梅は蕾が大きくなって先がピンクになっていた程度。それよりも山茶花の赤い 花が綺麗だった。山茶花の花は冬の初めから咲く、梅の花が咲くのは例年2月中旬、山茶花の花と梅の花が両方 見られることもあるんだ。
それから後ろの道を西の方に上がっていき田んぼまで行くと路傍に菜の花が咲いていた、鮮やかな黄色だった。更に 田んぼの半ばまで上がっていき振り替えるとMoさん宅の庭にはピンクの紅梅と白梅の花が幾らか、奥のMoさん宅には ピンクの紅梅がもう少し咲いているのが見えた。僕にとってはここまでが梅の花見の会、そしてここからが散歩。 M看護師は車椅子を押すのに体力的にかなり大変そうだったけど、隣の地区までちょっくらひと回り。途中に鎮守の森 ならぬ直径5mぐらいの鎮守の林?があって中にお地蔵さんが祀ってあった。子供の頃隣の地区の小山の上の畑に行く時に この趣のある鎮守の林の側を何度も通ったはずなのに…覚えていなかった。道中掛けていた毛布に隙間風が入ってきて 寒々したけど楽しかった。M看護師 ありがとうございました、そしてお疲れ様でした。

2月7日 ちょっと不安だったけど
朝10時過ぎからは入浴車、ヘルパーさんが部屋に入ってくる直前にカフが急に減り口に空気が上がってくるようになって 音までしていた。それで看護師さんが部屋に入ってきたらすぐに1ml追加してもらった。今使っているカニューレが改良に なって以降カフからエアがよく抜けるようになった、困ったものだ。今日の入浴車のスタッフは看護師のFさん (ケアマネージャー)とHさん・ヘルパーのNiさんとMoさん、いつもの様に看護師さん達に浴槽の中にお湯が溜まるまでに 脚のマッサージ・万歳・タッピング・吸引してもらってスライドボードを使ってみんなに浴槽の中に移してもらった。お湯に 浸かった瞬間は今日もやや熱く感じたけれど、すぐに慣れて足し湯と胸にシャワーでお湯をかけてもらった。そして 温まった後はネットを上げてみんなに全身を丁寧に洗ってもらい、温度を上げたお湯にもう一度汗がじわっと出るまで 浸かりお風呂からあがった。今日はF看護師以外は今年度デビューの三人が入浴車のスタッフだったから少し 心配していたけど…意外とスムーズにいった。今日も気持ちの良いお風呂をいただいた。
午後3時過ぎからはH先生の訪問リハビリ、水曜日は下半身の可動域運動と立位運動3回。最初の股関節の屈曲運動は そうでもなかったけど、膝の裏伸ばしと踵伸しはかなり痛かった。よく伸びたようだ。立位運動は3回目に大腿四頭筋を よく使わせられた。ただ腰伸ばしも3回目が一番スムーズに出来た。何か関係あるのかな。立位保持は今日ももうひとつ、 お尻に力を入れるコツを忘れちまった。

2月6日 火曜日のケア
「待ち人来たらず」ではないけれど来ると思い込んでいたものが来ない時は落ち込みもするし、他の弱いものに対し訳の 分からない怒りの矛先が向くこともある。情けない。ただ終わりにする時は「さようなら」と言って欲しいものだ、僕は 「今までありがとう」と言うから。大学時代の失敗は何があっても二度としない。僕から終わらせることはしない、また 再び後悔したくはないから。向こうから「さようなら」なら「仕方ない」と苦笑いして終わりに出来るから、親しい友から 普通の友への格下げはお互いに?寂しいけど(向こうは初めから普通の友かもね)。
火曜日のケアは朝9時半から。今日は玄関からした挨拶の声から社協のヘルパーNaさんだと分かった。Naさんが洗顔を 始めたところに訪問看護ステーションOのM看護師が来てまず吸引、それからバイタルを測り胸とお腹を聴診しお腹と脚の マッサージ。次に背中拭きと陰洗、M看護師の力強く丁寧だけど変則な動きにNaさんは積極的によくついていってた。 ケアの最後は車椅子移乗、スライドボードで車椅子に移った。車椅子は庭向き、今日はチビが素通りする背中を二度・ マルが外の岩のお供えの茶碗の水を飲む姿を見られて良き日だった。南天の赤い実と梅の蕾は光の関係があるのか今日は 目立たなかった。ユキヤナギの黄緑の葉っぱ(何だか汚い)はどうなるのかな。
午前11時前からは訪問リハビリ、窓を開けたまま・車椅子に座ったままでH先生の上半身の可動域運動。今日は腕挙げと 指曲げがしんどかった。ベッドに戻る時の4歩の歩行運動は膝に力を入れて踏ん張ったつもりだったけど…どうだったの だろう、自分ではまあまあだったと思うが。
午後2時半からは訪問歯科、まず口内炎があることを妻に伝えてもらった。今日は歯科衛生士に新しい歯科医が同行、 新しい先生はおしゃべりが苦手なのかもしれない。左下一番奥の歯茎には違和感があったがその部位の顎骨を下から 圧迫すると小さいけれど痛みもあった。歯科衛生士さんは最初に歯間の掃除、それから先生が口の中を確認してから 歯科衛生士さんが歯ブラシでブラッシングしてスポンジブラシで拭き取りとマッサージ。食べてないのだから左下奥歯の ブリッジの一番の治療法は抜くことなんだけど、僕が左下奥歯の5番の歯は歯ぎしりすることで合図として使っているから 残してと懇願してるので事を難しくしてる。今はだましだまし歯茎を掃除することで現状維持を図っている、なんとか 死ぬまで保って欲しい。火葬しても歯の金属は残るらしいから子供たちに遺したい(左下は娘・右上は長男・左上は次男)。 金は当時に比べて何倍も値上がりしてるから、何かの足しになるかも。

2月5日 どうしたらいいんだろう
月曜日の朝のケアは10時半から。定刻前に先に来たのは社協のヘルパーNaさん、玄関を開けて聞こえてきた挨拶の声が 誰だか分からなかったので部屋に入ってきたNaさんの顔を見てちょっとびっくり。少し遅れて部屋に入ってきたのは 訪問看護ステーションTのT看護師、僕は僕はNaさんのことを排便時のお腹押しの天才と思っているから「このコンビなら 今日は便が出るんじゃないか」とちょっと安心した。そしてNaさんが洗顔している間にT看護師はバイタルを測りその後も お腹を入念にマッサージしてくれたんだけど…便は 浣腸液を2本使っても ちょっとしか出なかった。今日分かったことは 便が下りてこない感じがしたことと便を肛門の方へ押す力がないこと。どうしたらいいんだろう、昨日はラキソベロンも カマグ(酸化マグネシウム)も二種類の下剤を服用したのに。
午後3時からは車椅子移乗、担当はT看護師とKさん。今日も二人に立たせてもらったけど…割と調子良かった。それから スライドボードを使って車椅子に移った。車椅子はテレビと庭が両方とも見える向き、梅の蕾が少し膨らんで5-6個蕾の 中の白い色が見えた。今年は早い気がする。ユキヤナギの葉っぱはまだ気になる色のままだった、この後どうなるのか。 南天の赤い実は大きいのと小さいのの二つに分かれるのか、陽当たりのせいでもないようだしなんでだろう。
車椅子からベッドに戻る時のヘルパーはNiさん、僕は今日の形 車椅子に移る時はNiさん以外・ベッドに戻る時はNiさん がいいと思う。今日も力か入る時は「ハイッ」と口から声を出して気合いを入れていたし…。Niさんも大分慣れてきたけど、 まだまだ不安かな。

2月4日 立春
今日は朝起きた時から肺が胸が寒くて、妻にそう言ったらホットタオルを持ってきて胸の上に置いてくれた。今日は 立春、暦の上では春なのに…こんなに寒がっているのは僕だけか。肺が寒い感じは一日中消えることもなく…寝る前に 麻黄湯を服用していつもより少し早めに寝た、これで明日の体調が少しでも改善すればいいのだが。ついでに言うと 午前中パソコン操作用の右足のスイッチの操作が不調だった。午後になって出来るようになったから午前中は右足の 親指と人差し指が力を入れるコツを忘れていたようだ。パソコン画面の文字も見づらいし…僕の身体に何かが 起こっている?
今日は妻がケアしてくれた時間以外はパソコン三昧。午前中はテレビ番組をTverで見逃し配信の番組動画を視聴・午後は 昔のフォークソングや演歌をYouTubeで聞いてた、あまり物事を考えずに時の流れに身をまかせるのも時には 良いもんだ。妻には顔だけのケアにしてもらった、身体の負担が大きそうだから。身体の負担は精神にもだんだん影響が 来て愚痴諸々が出てくるようになって、それを受け止めるのもかなり辛いものだ。

2月3日 節分
土曜日のケアは朝10時15分から。定刻5分前に訪問看護ステーションTのN看護師の顔が見えた時に質の高いケアは諦めて 「無難に終わってくれればいい」と思った。パートナーのK会のヘルパーFさんは普通レベル、あまり積極的に動く方では ないけどことN看護師の時は少しずつリードしてくれる。ヘルパーがMoさんやAちゃんやTさんならたとえN看護師でも ケアの間中眠っていても良いのだが…。そういう意味で木曜日の朝のケアの時の訪問看護ステーションOのM看護師の パートナーがMoさんだったのがもったいなかった。
清拭の時は手足をもっと丁寧にそしてもう一度拭いてほしかったけど…時間も押していたし胸に置いた肺を温めるための タオルもぬるくなるまて換えないし で次に進むことにした。前回より良くなったことが一つ、陰洗で差し込み便器を 差し込む時の僕の足の位置取り。今日はほとんど重なっていなかった(まあFさんは力が強いからあんまり関係ないか)。 吸引と文字盤の使い方は相変わらず。痰がカニューレの上 見える所まで上がってきているのに…吸わないで通り過ぎる、 僕が合図しないと吸い始めない。もしかしたら痰のある位置を自分では探すことが出来ないのかも。文字盤も下手だし、 N看護師の時は気が休まらない。
今日の夜間の重度障害者訪問介護のヘルパーはMoさん、これも気が休まらない。節分は季節の変わる時、だけどいつまで 経っても変わらないこともある。節分は豆を蒔き恵方巻を食べて福を迎える習慣、僕はどうしたら安らぎが来るのか。

2月2日 心の問題
朝10時過ぎからは今週2回目の入浴車、スタッフのみんなが部屋に入ってくる直前になんとかパソコンを終えた。今日の 入浴車のスタッフは看護師のGさんとY子さん・ヘルパーのNiさんとNaさん、今日はNaさんの明るい挨拶が聞こえても心は 明るくならなかった…心が病んできているのか。いつもの様に浴槽にお湯が溜まるまでに看護師さん達に脚のマッサージ・ 万歳・タッピング・吸引してもらった後スライドボードを使ってベッドから浴槽の中に移動しお湯に浸かった。お湯は 今日も最初は熱く感じたけど足し湯をしてようやく温度を保っている感じだった。そしてお湯の中で一度温まってから ネットを上げてみんなに身体を洗ってもらい、もう一度浴槽に浸かって温度を上げた足し湯と胸へのシャワーで少し汗が 出るまでゆっくりと温まりお風呂からあがった。今日も気持ちの良いお風呂だった。
午後2時からはかかりつけ医T先生の往診。いつもの様に診察とカニューレ交換をしてもらった後麻黄湯と浣腸液(60ml) 5本を処方してもらうよう頼んだ、排便の日に毎回2本ずつ浣腸液を使っているから足りなくなりそうなのだ。本当に 情けない。
午後3時過ぎからはH先生の訪問リハビリ。最初は脚と頸に装具を付けてH先生に支えられてベッドの右端に端座位。今日も もうひとつ気合い不足は歪めなかったが…最近の中ではましな方。外の景色よりもテレビの方が気になって…、庭の方を 見たいかどうかは僕のある種のやる気のバロメーターみたいなもんだから。次の立位運動も腰伸ばしと立位保持はH先生に 頼りっぱなし、「これじゃ駄目だ」ってことはどこかで感じているんだけど頭と身体がついてゆかない。65歳ってもう 年寄りだから仕方ないんじゃないかとも思う。最後の脚の可動域運動でも痛みが早く来るのはやる気の問題じゃ ないかな、我慢強さかなくなって諦めが早くなった。

2月1日 苦悩
今日木曜は排便の日、だけど便意は弱いし便が下りてきている感じもほぼなかった。お腹の張りは今日もガスのようだ。 今日も苦労しそう・苦労させそう。何か解決策を見つけないとずっとこのまま月曜と木曜は排便で苦しみ悩みいっぱいに なりそうで…怖い。
木曜日の午前中のケアは9時45分から、訪問看護ステーションOのM看護師がちょっと遅れてきてすぐにバイタルを測り洗顔 開始。洗顔の終わり頃にK会のヘルパーMoさんが来て、木曜日のケアはM看護師が積極的に動いてくれるのでなにも なくても良かったのに。今日はM看護師とMoさんという贅沢なコンビ、もったいない気がした。それから二人で背中拭きと 排便介助。M看護師の背中拭きは今日も力強く丁寧で胸まで拭いてくれて、まるで上半身の清拭だった。最後は排便介助、 2回摘便と浣腸してもらっても便は出なかった。流石のM看護師でも無理、便が下りてきてないんだもの。便を下ろす 対策が必要となるけど…。
便を軟らかくする薬としてカマグ(酸化マグネシウム)があると聞いてはいるが「カマグは(効き過ぎて下痢になる可能性が あるから)服用しちゃあ駄目」と妻から止められた。ケアの後(昼の経管栄養の時)「今日便は出なかった」と妻に告げた。 妻は「排便の2日前・1日前のラキソベロンを増やしたら」と言うが1日前のラキソベロンは15滴(かかりつけ医T先生の言う 上限)、2日前のラキソベロンの量はレスパイト入院の時に5滴→10滴に増やしてみたけど変化はなかった。M看護師から いつ頃から上の方の便まで固いと言われるようになったか、それは夜便秘の薬を服用するようになってから。何らかの 関係はあると思うのだが「そうだ」と言い切る自信がないから貫けない、妻は元看護師だからこっちの方が立場は弱い。 他に便を軟らかくする方法として思い付いたのが食物繊維を摂ること、妻は「オリーブオイル」と言ったが経管栄養に 直接入れるのはなんか気持ち悪いので僕は「青汁」。どうしたもんか。
午後3時からは車椅子移乗。社協のヘルパーYさんが先に来てM看護師がちょっと遅れて到着。木曜日の車椅子移乗は一度 二人に立たせてもらってから車椅子に移る。立たせてもらったらベッドからは結構楽に立ち上がれたけど腰を伸ばすのに だいぶ苦労した。車椅子の向きは庭とテレビが見える位置、庭のユキヤナギの葉っぱがこれからどうなるか気になった。 梅の蕾は今日はよく見えなかった。南天の赤い実は光が当たると今日も輝いて見えた。車椅子に座っていると時間が 経つに従って左膝が痛くなってきて堪らなかった。車椅子からベッドに戻る時のヘルパーは社協のKさん、左膝が痛くて 早くベッドに戻してほしかったけど今日はゆっくり。…似感じただけかも。



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1月
1月31日 入浴車 気持ち良かった
朝10時過ぎからは入浴車、今日も寒いらしくみんなが部屋に入ってきて僕の顔を見た途端「(朝は)寒かった」「手が冷たくて 申し訳ない」と言っていた。今日の入浴車のスタッフは看護師のGさんとYさん・ヘルパーのKさんとNaさん、Naさんの明るい 挨拶を聞くと嬉しくなるのはどうしてだろう(笑)。いつも通り看護師さんに脚のマッサージ・万歳・タッピング・吸引して もらった後スライドボードで浴槽の中へ、最初は少し熱く感じたお湯もすぐに丁度良くなり…Kさんの「温度上げます?」の 誘いに甘えお湯の温度を上げてもらって足し湯をしゆっくり温まった。
浴槽の中に浸かった僕を囲んでの井戸端会議では色々な話をしてくれたが、一番盛り上がったのが娘さんの所に遊びに 来た彼の話。今までの彼は来ていても挨拶もしなかったらしいのだけれど今度の彼はきちんと挨拶するという。「家に来たらちゃんと挨拶ぐらいすべきよねぇ」ということで母親の意見として盛り上がっていた。旧我が町西有田の風習として 「よその家に行ったらまず仏様に手を合わせる」ということになってるから…当然挨拶はしたよな なんてことを 考えていた、まあそれ以前に僕は女子・女性の家に遊びに行ったことがないから。
それからネットを上げてもらってみんなに全身を丁寧に洗ってもらい、もう一度お湯に入って足し湯と胸にシャワーで お湯をかけてもらって十分に温まり浴槽からあがった。今日も気持ち良くて楽しいお風呂だった。謝謝。
午後3時本からはH先生の訪問リハビリ。最初はK医師のWeb面断、今の訪問リハビリは介護保険の扱いなので三ヵ月に一度 医師との面談が必要なのだ。だがインターネットが発展した今はテレビ電話でH先生が僕の最近の体調状態とリハビリの 方向性を説明しK先生からお言葉をいただけば済む、面談のためにK先生の病院までわざわざ出向かなくてすむのだから 便利な世の中になったものだ。Web面談が終わったら次は脚の可動域運動、今日もそこそこ痛かったけれど時間が いつもより短かったから耐えられた。最後は立位運動3回、出来はそこそこかな。ベッドから立ち上がる際には太腿の力を よく使ったけど腰を伸ばすのと立位で背骨を伸ばすのはもうひとつかな。

1月30日 庭の様子
朝から読売新聞社の質問の回答メールを途中まで作りパソコンを終わらせたのが午前9時半、その時には社協のヘルパー Kさんはもう来ていて洗顔開始。そしてKさんが洗顔しているところに訪問看護ステーションOのM看護師が来てバイタルを 測り脚のマッサージ。それから二人で背中拭きと陰洗。M看護師の背中拭きは力強く丁寧で気持ち良かった。胃ろうの 株の痛みはM看護師に訴えたが陰部の痒みは言わなかった、もう諦めの境地?
ケアの最後はスライドボードを使って車椅子移乗。車椅子は庭の方に向けてもらいいつもより窓の近くに、今日は ユキヤナギとモチノキの様子をはっきり見たかったので窓を開けたままにしてもらった。ユキヤナギの葉っぱはこのまま 枯れ落ちるのだろうか。モチノキはいつも通り、もっと左の方にも枝が伸びてくれないかな。左右のバランスが悪くて 隠れる所がないから小鳥も来そうにない。梅の木にはたくさんの蕾が付いているように見えた。左の方の蕾が少ないのは まだ栄養状態が悪いからなのかな。うちの白梅は遅咲きだから、うちのが咲く前にご近所の紅梅・白梅・垂れ梅を今年も 見に行きたいものだが…。南天の実は今日も元気、日に照らされて赤く輝いていた。それと部屋の南側にある蝋梅の木を 久しぶりに見たら あんなにたくさん咲き誇っていた黄色い花がもうなくなっていた。今日はチビが二度目に入ってきた。 一度目はお隣の家の玄関で日向ぼっこしているとこ、二度目は庭を素通りしていった。チビは僕を以前からずっと 物としてしか見ていないのは分かっているのに、それでもチビを見ると嬉しい。
午前11時前からは訪問リハビリ、H先生の上半身の可動域運動。車椅子に座ったまま・窓も開けたままで左上半身(肩・肘・ 腕・手)の可動域運動、今日も結構痛かった。車椅子に座ったまま呼吸リハに入る前に窓を閉めてもらった。ベッドに戻る 時の4歩の歩行運動では重心移動の際には腰を入れるよう努めた、意識してまあまあ出来たと思う。ベッド上での 右上半身の可動域運動、かなり痛かった。車椅子よりベッド上の方が強く痛みを感じるのはなぜだろう。

1月29日 今日はなんとか
月曜日はまた排便の日、憂鬱な一日が始まった。朝の便意は「先週より僅かにあるかな?」って微妙な感じ、苦労するのが 目に見えてた。朝のケアは10時半から。訪問看護ステーションTのT看護師と社協のヘルパーKさん、「今日も申し訳ない」と 心の中で謝った。洗顔と清拭は何の問題もなく無事終わった、いつも通りに。頸の痛み止めのジクトルテープは昨日妻が 貼ってくれた脇腹の上が両側とも痒くなったから…今日は両太腿に1枚ずつ貼ってもらった。朝のケアの最後は排便介助、 今日も1回目の浣腸ではガスしか出なくて…2回目の浣腸とT看護師の摘便・Kさんの懸命なお腹押しで何とか何とか便が 出た。今日も散々苦労をかけた。時間も10分オーバーした。申し訳なかった。昼の経管栄養の時に妻に「カマグ(酸化 マグネシウム)残っているか」と聞いたら「下痢したいの?」と切り返された。一時的に下痢になって身体的にきつくても 心が軽くなった方が総合的には楽なんじゃないかな。
午後3時からは車椅子移乗、今回の担当はT看護師と社協のヘルパーYさん。月曜日の車椅子移乗は一度二人に立たせて もらってから車椅子に移る。立たせてもらったらまあ上手く立てた、この頃調子良い。車椅子は庭とテレビ両方が見える 向き、今日はチビがチラリともしなかったからどちらかというとテレビを見てた。庭の南天の赤い実は今日も 目立ってた。

1月28日 チビ
朝7時半までで重度障害者訪問介護のヘルパーが帰り夕方5時に重度のヘルパーが来るまで今日は誰も来ない日だから 」,平穏な日中になると想っていたのだけれど、そうはなかなか上手くはいかないものだ。
昨夜に引き続き今夜もチビがベッドに上がってきて僕の脚の間で休んだ、今日は二回も。まずは夜の経管栄養の前、 10分ぐらいふみふみしそして眠ったようだ。ただ30分ぐらいした頃妻の足音が聞こえたらベッドから下りて僕の 部屋からも出ていった。それからしばらくしたらまたベッドに上がってきて脚の間に眠っていた。妻の足音には負けたが チビが二回もベッドに上がってくるなんて、嬉しかった。嫌なことばかりじゃなかった。

1月27日 ねむい
眠い、このところ夜中に何度も目が覚めるから寝不足なのだろう。寝る前に睡眠薬を2錠服用しているのだけれどだいたい 未明の3時前に一度は目が覚める、前はもう少しは長く眠れていたのだが…困ったものだ。薬でせめて4時まで眠れれば こんなに疲れが残ることはないと思うのだけど…眠れないのだからどうしようもない。だからつい朝のケアの時に身体を 休めてしまう、申し訳ないと想うが。
土曜日のケアは10時15分から。最初に部屋に入ってきたK会のヘルパーMoさんの顔を見た時に「今日の看護師は誰でも 構わないなあ」と安心していたところに、訪問看護ステーションTのK所長の顔が見えた。今日のケアは洗顔と清拭と陰洗、 K所長は久しぶりで何か戸惑ってもMoさんが上手くフォローしてくれるだろう。Moさんが洗顔している間にK所長は バイタルを測り胸を聴診して脚のマッサージ、K所長もだけど拳で足の裏をゴリゴリされるのはとっても痛いんだけど。 それから二人で清拭と陰洗、清拭は二人とも丁寧には拭いてくれたんだけど…上半身の前の方を拭く時に胸に当てて もらうのだがタオルが冷たくなるまで交換しないのは勘弁してほしい。ケアの最後は陰洗、差し込み便器を差し込んで 陰洗する時にMoさんにお尻を持ち上げてもらったのだが…足が重なってて僕がお尻を上げることが出来なくてMoさんに 3回もお尻を持ち上げてもらった。それからケアが終わったのも11時半過ぎ、1時間計画なのに申し訳なかった。
午後3時から妻が出かけるということで重度障害者訪問介護のヘルパーAさんが吸引・排尿と見守りに来てくれた。僕が Moさんに言った「お粗末」という言葉が気になっていたようだがその前に付けていた「何もかもが」は伝わっていなかった ようだ。5時からAさんを引き継いだのがそのMoさん、驚くべきことが起きた。チビが夜の経管栄養の前に珍しくベッドに 上がってきて脚の間に眠っていた。栄養を繋ぐ作業に入ってもチビは不動のまま、チビの側に人が来てチビが 逃げないのは重度ではMaさんとOさんぐらいのものだ。現にその後チビが生まれた時からチビを知ってるM看護師が来た 時には足音を聞いただけで飛び降りてしまった。そんなにチビはMoさんに対して安心感を抱いてるのか、僕は不信感の 塊なのに。きっとMoさんにも良いところがあるのだろうが。

1月26日 色々ある
今朝5時前目が覚めた時から胸から肩にかけて寒気がした、そういえば昨夜寝る前も寒くて漢方薬(麻黄湯)を服用した、 風邪引いたか。今朝4時頃も目が覚めて歯ぎしりで重度障害者訪問介護のヘルパーを呼んだが反応がなかった、 寝ていたのだろう。この時は幸い機関の奥のどこかに痰が絡まっている感じで息は十分出来たから事なきを得たが、もし 期間を塞ぐような粘着性の高い痰だったらどうなっていたか。おそらく人工呼吸器のアラームが鳴るまで目は 覚めなかったと想う、もしかしたらアラームが鳴っても寝ていたかもしれない。命を預かっているという自覚が ないのだろう。一方命を預けている僕は「モモがいつ迎えに来てもいい」と悟っているつもりだ、今日もヘルパーさんが 起きるまで30分ぐらいはあったが慌てることも心臓がドキドキすることもなかった。ただ 実際に気管に痰が詰まりかけて 呼吸が苦しくなった時にこの悟りの境地でいられるかは分かんないけど。
朝10時過ぎからは今週2回目の入浴車、部屋に入ってきた時にみんなが「(雪の積った)水曜日より今日の方が寒い、今朝 車の中は氷点下だった」と言ってた。今日の入浴車のスタッフは看護師のFさん(ケアマネージャー)とGさん・ヘルパーの KさんとNiさん、Niさんは今週4日目だ。いつも通り浴槽にお湯が溜まるまでにF看護師が脚のマッサージをしてくれて、 それから看護師さん二人で万歳10回・左側臥位になってタッピングした後吸引。そしてみんなでスライドボードを使って ベッドから浴槽の中に入れてくれた。浴槽に入っても今日もお湯はあまり熱くは感じなかった。それでお湯の温度を 上げて足し湯と胸にシャワーでお湯をかけてもらって(水曜より)温まり、ネットを上げて身体を洗ってもらってから もう一度お湯に浸かって温まりお風呂からあがった。お風呂に浸かっている時はみんなの間で色々な話が出ていたけど、 僕が口を挟む話題は出なかったのか…記憶に残ってない。でも 楽しいお風呂だった。
午後2時からはかかりつけ医T先生の往診、診察とカニューレ交換をしてもらった。診察に関して何も話しはなかったから いつも通りなんだろう。午後3時半過ぎからはH先生の訪問リハビリ。最初は脚と頸に装具を付けてもらって端座位、 気合いがもうひとつ入ってなくて・景色よりテレビが気になって・上体が少し右に傾いているような気がして端座位に 集中出来てなかった。立位運動も同様に気合い不足?、ベッドから立ち上がるのに太もものかなりの力を使い果たし腰を 伸ばすのはほぼH先生任せ。最後は脚の可動域運動、今日も結構痛かった。なかなか入院前の調子には戻らない。特に 問題なのは股関節かな。

1月25日 憂鬱な日
木曜日は排便の日、便意は本当に弱かったけど便が下りてきている感じはあった。それでも気分は憂鬱だった。木曜日の 朝のケアは9時45分から、定刻5分過ぎに訪問看護ステーションOのM看護師が来て洗顔開始。最近のM看護師は髭剃りの時に 外科手術(出血)しないように気を付けていることが今日ひしひしと伝わってきた、気を付けるのは左顎骨の端っこから1cm ぐらいの幅だけでいいんだけど。そして洗顔が終わろうとする頃にK会のヘルパーAちゃんが来た。次に二人で背中拭き、 その前にM看護師は身体が冷えないようにエアコンの設定温度を2℃上げた。M看護師の背中拭きは今日も気持ち良かった、 いつもの様に丁寧で力強くきちんと背中や首まで拭いてくれるから。それにAちゃんの自主的なフォローも十分で 満足。
ケアの最後はいつも不安な排便、最初の摘便でコロコロ便数個とガスが幾らか出たらしいが1本目もの浣腸ではガスしか 出なかった(ガスはいっぱい出たけど…)。でも便が下りてきている感じはあったから摘便してもらってもう1本浣腸、 それで便がある程度は出たけど形がありすぎて途中で止まってしまった。その止まった固め?の残便をM看護師に摘便で 出してもらったら栓が抜けて便が下りてきたらしく、更にお腹を押しながらの摘便でとことん出してくれた。M看護師が 言うには「いっぱい出てお腹もペッコリ軟らかくなった」と、でも僕はもうひとつ。しかしケアの時間をオーバーして いたので終わりにした。それにしても困ったものだ、今のラキソベロンの使い方じゃ排便の時間に便が下りてきてないし 便が液状じゃないと僕は一人では出せない。どうしたもんか、下痢する危険性があるけどカマグを併用するか。
午後3時からの車椅子移乗の担当はM看護師と社協のヘルパーNiさん(Kさんは指導)、今日も主体はNiさんとのこと。 木曜日の車椅子移乗は看護師さんとヘルパーさんに一度立たせてもらってから車椅子に移る。今日のNiさんは頑張って 立たせてくれて…しっかり立てたし腰も伸ばせたし、その後は幾らか不具合もあったけど無事車椅子に移った。車椅子は 庭向き、南天の赤い実は日の光に照らされて今日も輝いて目立っていた。老いた梅の木には小さな蕾が見えてきた、 これからが楽しみ。ユキヤナギの枝からは最近芽生えた黄緑の葉がなくなった、これからどうなるのだろう。車椅子に 座っている時にチビが僕の見える範囲を三度出入りした。二度目は少し長め、座敷横のコンクリートの上で頭だけ 日向ぼっこしてた。まあチビにとって僕は生きている存在じゃないから、目が合うこともなかったけど。

1月24日 寒い一日
昨日から降り続く雪で朝は雪が少し積っていた、朝からWebカメラで外の様子を見ていた。昼になってお日様も顔を出して きたからほどなく雪は溶けたのだろう、個人的には残念だけど。今日は朝10時過ぎから入浴車・午後3時過ぎからは訪問 リハビリ、来れるかなと懸念してたけど 社協の入浴車はあったけど訪問リハビリは休み。東の方が雪は激しかった様で、 訪問リハビリのH先生は小城から来るので雪がひどくて動けなかったそうだ。出来れば今回がこの冬最後の冷え込みに なればいいけど、2月にもう1回は寒気が来るだろうな。
朝10時過ぎからは入浴車。今日の入浴車のスタッフは看護師のY子さんとYさん・ヘルパーのMaさんとKさん、今朝は外が かなり冷え込んでいたようで部屋に入ってくるなりみんな「寒い」「手が冷たい」を連発してた。確かに浴槽に浸かっても お湯は熱くは感じなかったし、お湯の温度を上げて足し湯をしてもらった上で胸にシャワーでお湯をかけてもらっても 身体は芯からは温まらなかった。みんなに体を洗ってもらうためにネットを上げてもらったのだが、洗ってもらっている 間に体の下に敷いていたバスタオルが冷たくなった。それだけ今日は空気が冷えているということなんだろう。

1月23日 火曜日のケア
火曜日のケアは朝9時半から、今日はパソコンを何とか時間内に終え訪問を待った。定刻5分前に社協のヘルパーNiさん (Yさんは指導)が来て洗顔開始。今日の主体もNiさん、Naさんもそうだけど石鹸洗顔後の拭き取りをもう1回やって ほしいかな。洗顔途中に訪問看護ステーションOのM看護師が10分遅れで来てバイタルを測り胸を聴診。洗顔が終わったら M看護師とNiさんの二人で左側臥位になって背中拭き、羽根布団は厚みがあるからNiさんは左側臥位にちょっと苦戦して いたみたい。M看護師の背中拭きはいつも通り力強く首まで拭いてくれるから気持ち良かった。最後に陰洗してもらって 車椅子移乗、庭向き。朝は雪がちらついていたらしいが今は曇り空、こんな空模様でも南天の赤い実は目立っていた。 ユキヤナギの花は…、今年は無理みたいだ。
午前11時前からは訪問リハビリ、H先生の上半身の可動域運動。車椅子に座ったまま左肩・肘・腕・手を動かしてもらって いる時は痛みが来るのも遅く今日は調子良いと思っていたのだが、ベッドに戻って右上半身を動かしてもらった時は肩に 直ぐに痛みが来て…この違いは何だろうなんてことを考えながら耐えた。ベッドに戻る時の4歩の歩行運動は後ろ足から 前足に体重移動する時に不安定さを感じたが(特に右足重心の時)、脚に力を入れて踏ん張った。腰が落ちることなく 歩けたから歩行はまあまあだったかな。

1月22日 今日は苦労の甲斐があった
月曜日はまた排便の日、今朝からの便意も弱いから今日もまた苦労しそうだ。朝のケアは10時半から、担当は訪問看護 ステーションTのT看護師と社協のヘルパーNaさん。ヘルパーが明るく元気なNaさんだからまだいい方か。まずNaさんが 洗顔している間にT看護師がいつもの様にバイタルを測り胸とお腹を聴診しお腹と脚のマッサージ。それから二人で清拭と 排便介助。まずは清拭、上半身の前を清拭してもらう時に胸にホットタオルを当ててもらうんだけど…この頃の寒気で ホットタオルの冷えるのが早くて胸まで冷えてくる。しかし どんな風にしてもらったら胸が冷えないようになるのか、 解らない。二人の拭き方は丁寧で力加減も丁度良くて…隅々まで拭いてくれる、まあ満足。
最後はいつも不安な排便。最初にT看護師に摘便してもらった時にNaさんがお腹を押してくれたのだけど、掌の使い方が 上手い。1回目の浣腸と摘便でガスはいっぱい出たけど便は幾らか降りてきただけ、それで2回目の浣腸をしてもらって 程ほど出て摘便という二人の共同作業でようやく下腹に降りてきた残便も出た。今日も本当に苦労したけど…二人の おかげで今週の大行事の一つが終わった。やれやれ。
午後3時からの車椅子移乗の担当はT看護師と社協のヘルパーNiさん(Kさんは指導)、今日はNiさんが主体でやるとのこと。 Niさんは僕の印象では小さくて力も弱い、立たせてもらった時に以前のSさんのようにNiさんが怪我しそうで恐い。 実際にT看護師とNiさんに立たせてもらった時はちょっと不安定、これが不慣れなためならいいが力不足なら…。また 怪我させたら…、車椅子移乗の時に立つことそのものがなくなりそう。午前中来たヘルパーNaさんは若いし体幹も力も 強いからこんな心配は不要だけど。

1月21日 イベント参加
今日は西九州大学神崎キャンパスで行なわれた「ICT & eスポーツフェスタ」に行ってきた。
「朝10時15分に介護タクシーが来る」と聞いていたから外出準備をしてもらえるヘルパーさん達は9時45分集合と思って いたのだけれど…来たのは10時。それに通院の時の外出準備はいつも30分以内だったので今日もそのくらいで終わると 思っていたのだけれど、今日は上下の着替えもあったしいつもは車椅子移乗してくれる訪問リハビリのH先生もいないし 不慣れなところもあったし…45分かかった。その上リフト車に乗ってからも車椅子の固定に思った以上に時間がかかり 家を出るのが11時になった。それで途中で個人的に応援に来てくれた看護師を拾った後「(時間を取り戻すために)多久から 高速道路に載ろう」と文字盤で提案したのだが、「どこを通るかは運転手さんに任せるのが一番」ということで 切り捨てられた。結局西九州大学の神崎キャンパスに着いて教室に入ったのは午後0時50分過ぎ、小城市に入ってから 道が混んだから。だから「高速に乗ろう」と言ったのに…。
きぇう通った道の大部分は35-40年前僕が福岡から帰省する時によく通った道、けれど行く時はどこを通っているのか介護 タクシーの車窓からの風景ではほとんど分からなかった。多久市に入ってから山茶花が増えてきた、道端にたくさんの 花びらが落ちていた。西九州大学の神崎キャンパスの庭は山茶花の花びらでピンクの絨毯になっていた。こちらの方の 家には山茶花が多いようだ、隣りの吉野ヶ里町には山茶花の自生北限地帯(千石山)があるくらいだから。若い頃一度偶然 立ち寄った、夏だったから何にも思わなかった。帰り道は多久市に入るまでどこを通っているか分からなかった。 多久市に入っても風景が40年前とは一変してて地形でしか昔の面影を辿ることは出来なかった。ただ一つ高速道路の 高架の下をくぐった先で昔見たと同じ物を見つけた。それが道祖神への案内板、「昔もこれがあったなあ」と思うと少し 懐かしかった。トンネルを通った後で八幡ダムへ向かう道(交差点)を捜したけど分からなかった。若木の交差点は以前は T字路だったんだけど…いつの間にか十字路になって、そして松浦バイパス?に繋がる新しい道が出来ていた。道理で 西九州大学に向かう時に途中から知らない景色になったはずだ。T字路の先にはゴルフ場があったからまさかこんな風に 真っ直ぐに新しい道を作るとは思わなかった。
ICT & eスポーツフェスタでは植田先生の研究室の発表には間に合わなかったけど、旧知の植田先生の奥様やお嬢さんとも 話せたしアプリ開発者のYさんにも話せた。ALS協会県支部のYさんとも話したし会長の顔も見た、僕もだけど会長も僕と 話す気はなさそうだった。開発中のアプリも試させてもらった。植田先生の簡単かつ適格な説明だけである程度は動かす ことが出来たから解りやすく使いやすいアプリなりそうだと思う。モニターの絵も綺麗だし発展性のある面白いアプリに なりそうだ。

1月20日 連続は辛い
昨日の夜間の重度障害者訪問介護のヘルパーはSさん、そして今夜の重度障害者訪問介護のヘルパーはMさん。これで 午前中のケアの担当看護師が訪問看護ステーションTのNさんだったら「技術力不足・文字盤で上手く意図が読み取れない・ 気が利かない」という先週のしんどい悪パターンの2日間の再現だったのだけれど…、幸い今日の担当はT看護師とK会の ヘルパーMoさんというベストコンビだったからその分はラッキーだった。それでもこの2夜連続合わない男とのパターンは やっぱりしんどくなりそう。
土曜日のケアは朝10時15分から。定刻に二人が来たのだけれど僕がパソコンしてたものだから5分ぐらいケアが遅れて しまった。今日のケアは洗顔・洗髪と清拭・陰洗の1時間半コース。Moさんが洗顔している間にT看護師はバイタルを測り 胸の聴診をして脚のマッサージ。それから洗髪。T看護師に頭を洗ってもらうのはいつ以来だろう、洗う場所も力加減も 丁度よくて気持ち良かった。次は清拭、T看護師もMoさんも丁寧で力強くて それに手足の隅々まで洗ってもらって清拭も 気持ち良かった。最後は陰洗、最近は陰部が痒かったんだけど今日は痒みがなくなった。丁寧かつきちんと洗って もらったのだろう。ただケアが終わったのは11時53分、僕がパソコンで遅くなった分遅くなったか。
午後はいつものごとくパソコン三昧、動画を楽しんだ。夕方5時からはまた重度のヘルパーMさん、疲れるのは目に 見えてる。憂鬱だな。SさんとMさんを2夜続けるのは止めてほしい、疲れとイライラが倍増する。Mさんのケア技術は メンバーの中で最低。でも若手社員だし会社にとっては貴重な存在のはず、技術・理念・思想も含めて社員教育は しているのか。それとも若手社員といえども「使い捨て」が土屋という重度障害者訪問介護会社の方針?

1月19日 通院日
今日は通院日。午前11時半にヘルパーさん3人とFケアマネージャーが来て外出準備(Fさんは日曜に応援に来てくれるので そのために準備の見学)。まずみんなで玄関にスロープを設置してからYさんが洗顔している間にKさんとNiさんが脚に 装具付け。二人が脚に装具を付けている時に訪問リハビリのH先生がもう来て、二人が頸に装具を付けるまで待って僕を 一度立たせてから車椅子に座らせた。それから掛け物を掛けてもらい妻に吸引してもらって外出準備完了、玄関から 外に出た。
外は少し雨模様、リフト車に乗り込んだ時に隣のうちの塀際の花壇に名前の分からない花が数輪と水仙の白い花が1輪 咲いているのが見えた。出発ししばらく行くと今度は黄色い水仙の花が見えた。冬の花って何だろうと考えた時に僕は 12月の山茶花・1月の水仙・蝋梅・ユキヤナギ・2月の梅ぐらいしか知らないが…、病院までの道中のリフト車の車窓からの 風景を見ていると水仙は今から・山茶花は花びらが散っているのもあってもうそろそろ終わりのようだ。意外だったのは プランターのパンジー、後でネットで調べると冬の花とのこと。意外に花があった。街路樹のモチノキには我が町のには 実が付いていなかったみたいだけど、隣り町のモチノキには赤い実がいっぱい付いていた。我が家のモチノキは2年間 実はない。
病院に着いて玄関でリフト車を降り救急処置室に向かった、マスクをしてないのが気になったのか待合室で待ってた人が 僕のことを見てた。救急処置室に入ると看護師さんが誰もいなかった、20年以上通っているけどこんなことは珍しい。 しばらくすると看護師さん達が集まってきて車椅子からストレッチャーに移してもらった、そしてバイタルを測りながら 時計を見ると午後1時10分前、まあいつもの時間だ。それからしばらく待つと主治医が来てすぐに診察と処置(カニューレ 交換)、これもすぐに終わって帰る準備、ストレッチャーから車椅子に移してもらいリフト車に乗り込んで車椅子を 固定しようとしたら意外と時間がかかって…。それでも家に着いて部屋に入り時計を見るとまだ2時半前だった。 トラブルがあった割には今日も異常に早かった。
この後は訪問リハビリ、ただH先生が来るのが3時を過ぎると聞いたから 首が痛いのもあったから ベッドに戻ることに した。H先生が着いたのは3時半過ぎ、今日は脚の可動域運動。今日のリハビリも結構痛かった、股関節の内側も膝の裏も 踵も。まあ数を数えながらで我慢出来たけどね。

1月18日 排便は難しい
木曜日の朝のケアは9時45分から。定刻に訪問看護ステーションOのM看護師が来てバイタルを測り洗顔開始。洗顔の途中で K会のヘルパーMaさんが早めに着いて、洗顔が終わってから二人で背中拭きと排便介助。羽根布団を使ってから寝ていても 暖かくて背中が少し痒くなってきた。それで背中に薬が万遍なく塗れるようにジクトルテープ(頸の痛み止め)は太ももに 貼ってくれるよう頼んだ。ついでに退院してから立ち上がる際に右膝の調子が良いので背骨と骨盤の接続部に湿布を 貼らないとどうなるか試してみることにした、意外に思うかもしれないが腰の湿布と右膝の力の入り具合には絶妙の 関係があるのだ。M看護師は力強く背中を首までゴシゴシ拭いてくれたので気持ち良かった。
朝のケアの最後は問題ある排便、朝からの便意もほとんどなかったし便が下りてきている感じもなかった。最初の1回目の 摘便でコロコロ便2個とガスが出たものの、1本目の浣腸ではガス(いっぱい)しか出なかった。しかし便が下りてきた 感じは少ししたので2回目の摘便をしてもらったら、片手弱の便が出たという。そして2本目の浣腸で固め?便が 出かかったものの止まってしまったので3回目の摘便、これで片手強の便が出たという。もう諦めようと思って仰向けに してもらってしばらくしたら便が出てきて、でも途中で出し切れなくなくなったからM看護師を呼んで4回目の摘便。 今日は久しぶりに自分でもある程度便を出すことが出来たしM看護師にお腹を押しながら摘便してもらって目いっぱい(計 二日分?)出たらしいし、まだ少し便汁が残っているような気もしたがお腹もスッキリペッコリ。M看護師 ありがとうございました。
午後3時からは車椅子移乗、担当はM看護師と社協のヘルパーYさん(Niさんは見学)。木曜日の車椅子移乗は看護師さんと ヘルパーさんに一度立たせてもらってからスライドボードを使って車椅子に移る。僕は実は「Niさんは背も低いし力も 強くはないから立たせるのは難しいんじゃないかな」と思っている…。今日立たせてもらった時も膝が震えることもなく 力も入って上手く立てた方だ。車椅子は庭もテレビも見える向き、今日は曇っていたのに南天の赤い実は輝いて目立って いた。ユキヤナギの花は…どうなんだろう、咲くのかな。モチノキに小鳥の巣箱を取り付けたいが…無理だな、そんな ことを考えながら庭を見てた。

1月17日 阪神淡路大震災の日
29年前の今日の早朝阪神淡路大震災は起きた。当時営業で近畿(兵庫・京都・奈良・滋賀)を担当してた僕はこの日有休を 取って3日前から北海道富良野市のスキー場にいた。朝6時半頃目が覚めた僕はすぐにテレビを点けた。映し出された 映像は横倒しになってちぎれた高架橋道路、「何だこれは」と思った。場所を聞くと神戸、「しまった、僕はなんで 北海道にいるんだ」と大後悔。急いで会社の寮に電話し後輩を呼び出して「全販売会社・営業所に電話して被害状況を確認し 課長に報告、後は課長に指示を仰げ」と指示、これが食事中も移動中も落ち着かない一日の始まりだった。この阪神淡路 大震災の時に被災地には公衆電話からかけるのが有効なのだと知った。当時僕はPHSと電話代会社払いの公衆電話用KDDI カードを持っていて福岡の会社と被災地にかけたのだが、会社にはかかっても被災地には通じずじまい。ところが 一万円を100円玉に両替し公衆電話から被災地の販売会社や営業所(10ヵ所)電話したら…通じた、以前公衆電話からなら 被災地に通じると聞いたことがあったから試してみたのだ(KDDIカードは使えなったけど)。兵庫県に住んでいた親戚 (宝塚)や友人(六甲アイランド)のことを思い出したのは夜福岡空港からの帰り道、慌てて電話を入れ無事を確認した。 朝あのテレビを見た瞬間頭の中が仕事一色になってしまった、ほんと薄情。
阪神淡路大震災から約1ヵ月後神戸の長田の町を歩く機会があって 3mぐらいの道から西は焼け野原(片付けてあったけど)・ 東は1階が潰れた家がそのまま残っていて、空襲の後の焼け野原ってこんなだろうなと思えて恐ろしくなったことを今でも 覚えている。今後の東海トラフ・南海トラフ・東南海トラフ 地震や自然災害とは上手く付き合っていくしか ないのかな。
朝10時過ぎからは入浴車。今日の入浴車のスタッフは看護師のGさんとHさん・ヘルパーのKさんとNaさん、Naさんは3日 連続の登場だ。浴槽にお湯が溜まるまでにH看護師が脚のマッサージをしてくれて、その後二人の看護師さんが万歳10階と 左側臥位になってタッピングしてから吸引して、みんながスライドボードでベッドから浴槽に移してくれた。今日の お湯はちょっと熱めかな、足し湯をして胸にシャワーでお湯をかけてもらったら久しぶりに額に少し汗が出てきた。 ネットを上げみんなに全身を洗ってもらって、もう一度お湯に浸かって胸にシャワーしてもらったらまた額に汗が出た。 久しぶりに汗が出るほど十分に温まってお風呂からあがった。今日も気持ちの良いお風呂をいただいた。
午後3時過ぎからはH先生の訪問リハビリ、下半身の可動域運動と立位運動3回。最初は脚の可動域運動、今日もかなり 痛かったけどH先生によると「関節が少し固くなってる」らしい。道理で股関節の屈曲運動の時も股関節の内側が結構 痛かったし、膝の裏伸ばしや踵伸しの時もかなりの痛みがあって時間が長く感じられた。立位運動は立つのには膝や 大腿四頭筋をかなり使ったが、腰を伸ばす時に使う筋肉はあまり上手く使えなかった。ブランクがあると倍の時間が 要りそうだ。

1月16日 ヘルパーのNaさん
火曜日のケアは朝9時半から。定刻に社協のヘルパーNaさんが部屋に入ってきて明るい評定と声で挨拶。そして洗顔準備に 入った。Naさんが髭剃りをしているところに訪問看護ステーションOのM看護師が着いてバイタルを測り胸の聴診をし脚の マッサージ、それから二人で背中拭きと陰洗、M看護師の背中拭きは相変わらず丁寧で程良い力強さで拭いてくれた。 陰洗は「陰部が痒い」ことを訴え何回も丁寧に洗ってもらった。そして最後は車椅子移乗、スライドボードを使って 車椅子に映った。Naさんは背中拭きにしても陰洗にしても車椅子移乗にしてもM看護師によくついていってた。
Naさんの良い所は明るいのはもちろんだけど 看護師の指示待ちではなく自分から仕事を見つけて動いている所だ、 Naさんがじっと止まっている姿はほとんど見たことがない。朝のケアの間中こんなことを考えていた、「高校時代Naさん みたいな女子が目の前にいたら 好きになっていただろう」と。Naさんを見ると毎回高校時代の同級生Kさんのことを 思い出す。別に顔が似てるという訳でもなく、身体からかもし出る雰囲気でそう思うのだ。でも…僕は高校時代 Kさんとは一緒のクラスになったこともないし話したこともない、Kさんのことをどうして覚えているのか 高校時代 女子との交流がほとんどなかった僕としては自分でも不思議なくらいだ。
車椅子は庭向き、今日は晴れているのに南天の赤い実は目立たなかった。南天の赤い実の輝きは時刻による太陽の光の 当り方や色で見え方が変わるようだ。ユキヤナギの花は咲くのか?、葉の付いた枝は少し伸びてきたけど 分からない。
午前11時前にH先生が来て訪問リハビリの時間、呼吸がしんどかったのでまず背もたれを1段倒してもらった。今日は 上半身の可動域運動と車椅子からベッドに戻るまでの4歩の歩行運動。最初は車椅子に座ったままで左肩・肘・腕・手の 可動域運動、ベッドに戻ってからの右上半身もそうだったけど痛みが先週より少し小さくなったように感じた。H先生の 強烈?な可動域運動にも上半身の関節は馴染んできたか。今日の4歩の歩行運動はもうひとつ、前の方の足に重心移動 しょうとした時に腰が伸びなかった。先週もその傾向があったし…、年末年始のレスパイト入院で身体が腰を 伸ばすことを忘れてしまったのかもしれない。
午後2時半からは訪問歯科。実は朝から左下奥歯の一番奥の歯の外側奥の歯茎が腫れている感じがあった。だけど歯磨きで 血が出たのは左下奥歯の内側の歯茎、どういうこと。この後もこのまま腫れなくて落ち着いてくれれば いいのだけれど。

1月15日 チビの姿が見れた
月曜日は排便の日、今日も便が出ないんじゃないかと朝から不安だった。
月曜日の朝のケアは10時半から、定刻に訪問看護ステーションTのT看護師と社協のヘルパーNaさんが僕の部屋に 入ってきた。ヘルパーのNaさんはどちらかというと僕のお気に入りのヘルパーさんなのだけれど、今日は体調が もうひとつでたいして嬉しさはなかった。まずNaさんが洗顔している間にT看護師はバイタルを測り胸とお腹を聴診し お腹と脚をマッサージ、まあNaさんの髭剃りは安心感があった。洗顔が終わって二人で次は清拭、清拭では手足の先や 間まですごく丁寧に拭いてもらって気持ち良かった。
そして最後はいつも不安な排便、まず最初にT看護師に摘便してもらってガスと便は出たみたいだが…、どのくらい 出たかは分からなかった。それから浣腸してもらったのだが下腹は痛くなったけど便が固くて?ちょってしか出なかった。 それで二人で力を合わせて摘便してもらって…いっぱい出たみたいだったけど 量はまたもや分からなかった。それに もう少し便意があったからしばらく待ってもらってから陰洗してもらった。今日はこれで十分だろう。
午後3時からは車椅子移乗、まず社協のヘルパーYさんとNiさん(見学)が来て二人が脚をマッサージしているところに T看護師が来た。月曜日の車椅子移乗は一度立たせてもらってから車椅子に移る。今日T看護師とYさんに立たせてもらった 時も膝がほとんど震えることもなくてまあ調子が良かった。それからスライドボードで車椅子に移してもらって車椅子は 庭向き、今日も太陽の光が当たって南天の赤い実は輝いて見えた。それにすぐにチビが座敷横のコンクリートの上に来て そこで30分ぐらい日向ぼっこ?、どうせ陽に当たるのなら全身に浴びればいいのにと僕には思えたのだが…チビは顔だけ 光が当たる位置に座っていた。まあコンクリートに暖かさが十分残っていたのだろうが。今日の車椅子移乗はチビを 見られだけで嬉しかった。

1月14日 動画三昧
今日は妻がケアしてくれた時間と都道府県対抗女子駅伝をテレビで見た以外はTverで朝から寝るまで動画を楽しんだ。 1つは1月から始まった新番組、もう一つは近年放送された以前見たことのあるドラマ複数。「VIVANT 総集編第三部」も 「ラストマン−全盲の捜査官ー」もやっぱり面白かった、妻からは「殺人の場面のある番組ばかり見ている」と非難されて いるけど。「日本沈没」もそうなのだが「ラストマン」も最終回はレスパイト入院と重なったため見ていないような 気がした。
退院して9日、もう疲れ気味で体調もうひとつかな。

1月13日 どこも人材不足?
土曜日のケアは朝10時15分から。定刻に訪問看護ステーションTのN看護師の姿が見えた時には少しドキッとしたが…、 今日のメニュー(洗顔・清拭と陰洗)なら妥当だと思い直した。今日のパートナーはK会のヘルパーFさん、N看護師なら 積極的なヘルパーの方が無難なのだが…。Fさんが洗顔している間にいつもの様にN看護師はバイタルを測り脚の マッサージ。それからN看護師とFさんの二人で清拭と陰洗、N看護師も最初の頃に比べるとスムーズになったものだ。ただ 文字盤の読み取りはまだまだ、今日も度々Fさんに通訳してもらった。N看護師もK所長も文字盤は中々上手くならないし ケアももうひとつ安心して任せる気が起きない、こう言っちゃ申し訳ないけど重度障害者訪問介護と同じだな。 それにしても文字盤の読み取りってそんなに難しいものなのか、読み取ってもらうこっちの方だって個々の方々の 読み取り方(性格)に合わせて瞬きするのは難しいんだけどな。
昨日の夕方5時から今朝6時までの重度障害者訪問介護のヘルパーSさんの察しの悪さや勘違い・文字盤の読み取り方にも 疲れたし、午前中のケアもやや疲れ気味。それに今夜の重度障害者訪問介護のヘルパーはMさん、口の中でモゴモゴ 話すから聞き取りにくいし長い文章は「て・に・を・は」を理解出来ないみたいで意味が通じないことが度々ある。はっきり 言って重度障害者訪問介護は吸引が出来るからと言って介護技術レベルが高いという訳でもないし、いつまで経っても 文字盤を上手く使えるようにならないということは国語読解力・知能レベルが低いと僕には思えてならない。元々期待は してないし諦めてはいるけれど全体的にレベルが低すぎる。たまに例外はいるけれど…この程度の人達に半日以上も命を 預けざるを得ない状況は情けない限りだし正直疲れる。モモ…。

1月12日 リハビリもなかなか難しい
朝は5時半過ぎに起きてパソコンを開始して、お風呂の時間の前まで動画(テレビドラマ)を楽しんだ。10時10分過ぎからは 今週2回目の入浴車、今日の入浴車のスタッフは看護師のFさん(ケアマネージャー)とHさん・ヘルパーのKさんとMoさん、 F看護師と会うのは今年初めてだから「今年もよろしくお願いします」と挨拶を受けた。まだ会っていない看護師さんや ヘルパーさんもいるからこういった挨拶はまだしばらくは続きそうだ。今日も洗髪はMoさん、痒い部分(後頭部から下)に 手が行かないから「そこも洗って」と促した。浴槽の中のお湯は今日も熱くは感じなかった、今日は一昨日(水曜日)よりも 寒くはないと聞いたのたけど。一度浴槽の中で温まってネットを上げてもらってみんなに身体を洗ってもらったけど…、 背中を洗ってもらう前にはもうネットが冷えていた。全身を洗ってもらった後はもう一度浴槽に浸かって胸にも シャワーでお湯をかけてもらって温まりお風呂からあがった。今日も気持ちの良いお風呂だった。
午後2時からはかかりつけ医T先生の今年初めての往診、だったけど 何の問題もなく診察もカニューレ交換も終わった。 そして今日はちょっと遅れて午後4時前からようやくH先生の訪問リハビリ。最初は脚と頸に装具を着けて端座位、実は この直前から気管のどこかに痰が引っかかってる感じがあって調子は良くなかったのだ。端座位している時も気管が ムズムズして景色を見る余裕がなかった。次は立位運動3回。立つ時はH先生にかなり力を使わらせられた感じだったけど 腰はH先生に今日も伸ばしてもらった感じだ。最後は脚の可動域運動、今日も股関節の屈曲運動も膝の裏伸ばし・踵伸しも 結構痛かった。なかなか入院前の状態には戻らないなあ。

1月11日 今日は地獄と天国?
木曜日の朝のケアは9時45分から。定刻ちょっと過ぎに訪問看護ステーションOのM看護師が来てバイタルを測り洗顔開始。 そして洗顔が終わってお湯を交換しに行っていたところにK会のヘルパーAちゃんが着いて二人で背中拭きと排便介助。 ただ右腕から服を脱がせて背中を拭いたところでM看護師へ緊急の電話がかかってきて10分ほど中断、その間にAちゃんが 上着を着せてくれていた。それから排便介助、今日もM看護師に摘便と浣腸を繰り返してもらったけど便が固かったようで とっても苦労した。僕は肛門近くの便だけではなく上の方に降りてきている便も固めなのは夜服用している便秘の薬の せいだと思っているのだが、病棟で1週間服用を止めてみたけどさほどこうが見えなかったから…「もういち服用を 止めてみたい」と言える訳もなく…。それにどのくらい便が出たかも分からなかったし…。
午後3時からは車椅子移乗の時間。担当はM看護師と社協のヘルパーKさん、Naさんが見学で付いてきた。木曜日の車椅子 移乗は一度立たせてもらってから車椅子に移る。今日立たせてもらった時は膝が震えることもなく力が入ってすんなりと 言ってもいいほど上手く立てた、珍しい。スライドボードを使って車椅子に移してもらってからは庭向きにしてくれた。 太陽の光に照らされて南天の赤い実が今日は色鮮やかに見えた。太陽の光が当たるとこんなに見え方が違うんだ。 ユキヤナギの花は今年はやっぱり駄目かもしれない、葉っぱの部分は少しは違って見えたけど。

1月10日 久しぶりの入浴車
朝10時過ぎからは入浴車。病院(神経難病病棟)でもお風呂は丁寧にきちんと洗ってもらったけどやっぱり入浴車は 楽しみ。今日の入浴車のスタッフは看護師のY子さんとYさん・ヘルパーのKさんとMoさん、Moさんの洗髪は久しぶり だったけど力加減はまだ優し過ぎかな。お湯は43℃で浴槽に入れたらしいけど浴槽に入った時は熱くは感じなかった。 今朝はとっても寒かったらしいから浴槽がかなり冷えていたようだ。それから足し湯をしてシャワーで胸にお湯を かけてもらい温まって、ネットを上げてみんなに体を洗ってもらったのだけど…その間にも体が少し冷えた。そして もう一度お湯に浸かって温まりお風呂からあがった。今日は寒かったからかあんまり温まった感じはなかった。
午後3時半前からは訪問リハビリ、H先生の下半身の可動域運動と立位運動3回。今日は股関節の屈曲運動は股関節の内側が かなり痛かったし、脚を挙げての膝の裏伸ばしも踵伸しも結構痛みに耐えた。金曜日 退院した日の下半身の可動域運動は そんなに痛みは感じなかったのに、やはりH先生が手加減してくれていたのだろう。立位運動は庭の景色をもっとよく 見ようと思って立ったけどもうひとつかな、腰に上手く力が入らなかったみたいだった。

1月9日 久しぶりの訪問リハビリ
火曜日のケアは朝9時半から、ギリギリでパソコンをシャットダウンし訪問が来るのを待った。今日の担当看護師は四日 連続で訪問看護ステーションOのM看護師、パートナーは社協のヘルパーKさんでケアは絶好のコンビネーションだった。 羽根布団にしてからケアがずい分やりにくそうだ、特に側臥位になった時に(M看護師曰く)羽布団が抱き枕みたいに邪魔に なってケアが難しそうだ。10時15分前に重度障害者訪問介護のヘルパーAさんが車椅子移乗の見学に来た、21日に外出する 予定がありAさんはその手伝いに来てくれる予定だから。M看護師は熱心に教えていたけどその必要はないと僕は思った、 車椅子移乗はどうせM看護師が主体でするのだから。
車椅子の向きは火曜日は庭向き、曇り空だったせいか南天の実は今日は葉っぱに隠れてあまり目立たなかった。 ユキヤナギの花はまだ咲く気配はない、咲かないのかもしれない。
午前11時前からは訪問リハビリ、H先生の上半身の可動域運動。この3週間あまり思いっ切り動かしてもらってないから 座ったままでもベッド上でも肩・肘の可動域運動はかなり痛かった。ベッドに戻る時の4歩の歩行運動は久しぶりにしては 脚も踏ん張れたしまあまあだったかな。

1月8日 祝日 成人の日
今日はピンとこないけど成人の日でお休み。今日も月曜日担当の訪問看護ステーションTの看護師が来られないと いうことで3日連続で訪問看護ステーションOのM看護師が来てくれた。パートナーは社協のヘルパーNiさん、ちょっと 不安を感じたけどM看護師が上手くフォローしてくれるはずだと思った。まずNiさんが洗顔している間にM看護師は バイタルを測り胸を聴診して脚のマッサージ、M看護師が脚を力強く動かしてくれていたからNiさんは髭剃りも顔洗いも しにくそうだったけど…Niさんの洗顔はまだもうひとつかな。
それから二人で清拭と排便介助、この時期は清拭に使うお湯やタオルがすぐぬるくなる。今日は3回もお湯を替えて くれた、難しいなあ。排便については万全の準備、ラキソベロンは一昨日は5滴で昨日は15滴・朝の経管栄養の時にお腹も ホットタオルで暖めてもらった。それなのに、最初の摘便でガスはいっぱい出たのだが便は…。そして浣腸して固めの 便は出たけれど途中で止まってしまって、M看護師にお腹を押してもらった上で摘便で出してもらって…テニスボール 1個分ぐらいは出たらしい。その後左側臥位になってもう一度摘便してもらってもう少し軟便が出たという。これでお腹も ペッコリ and ほぼスッキリ、木曜まではもてる。

1月7日 まさかの初漏れ
昨夜の夜間の重度障害者訪問介護の担当はAさん、だから昨夜はゆっくりと眠れると思っていたのだけれど…朝方またもや 目が覚めた。時刻は5時過ぎ、そしてもう一度眠ろうとしたのだけど 結局眠れなくて…パソコンで動画を見始めた。 それから朝の経管栄養の時間、僕は経管栄養の時は何にも感じなかったのだけれど…経管栄養が胃ろうチューブの途中の 接続部から少しずつ漏れていたらしい。経管栄養が終わって妻が栄養が漏れているのを見つけそれからが大騒ぎ、 「マットレスを交換しなければいけない」ほどマットレスまで濡れていたらしい。そしてスマホで連絡を取りマットレスを 交換するための相手捜し、人捜しはかなり難航したようだけど家でお休み中の訪問看護ステーションOのM看護師が 来てくれることになった。
M看護師が着いてマットレスの交換開始。最初に着替え、ズボンが思っていた以上にびっしょりしていたし上着も若干 濡れていたらしい。次に車椅子に移してもらいその間にマットレスを交換。車椅子に座っている時に今まで使っていた マットレスを見たら50cm以上の楕円があった、ものすごい濡れ具合だった。こんなに濡れているのに気付かないなんて、 僕の見事な鈍感振りだ。車椅子に座っている時にM看護師が車椅子を庭の方に向けてくれた。もう蝋梅の黄色い花々が 咲いていた、匂いが強い花だと聞いているから近くに行けば甘い?匂いがするのかな。南天は今日も色鮮やかだった、葉も 実も鮮やかな赤。まだしばらくは楽しめそうだ。ユキヤナギはまだ変化はなかった、白っぽい花はいつ咲くのか。
昼からはパソコン三昧。でも見たい動画はなくなった、どうしよう?

1月6日 レスパイト入院後の初ケア
レスパイト入院後の初の土曜日のケア、今日は土曜日担当の訪問看護ステーションTの看護師が来られないということで 代わりに訪問看護ステーションOのM看護師が来てくれることになっていた。まず午前10時半にK会のヘルパーMoさんが来て 洗顔開始、久しぶりに本格的な洗顔で気持ち良かった。M看護師が少し遅れてきてすぐに脚のマッサージ、M看護師が バイタルを取るのを忘れていると思って進言した。それから二人で排便介助、M看護師が摘便をやってくれたけど…流石の M看護師でも今日の排便は難しかった。年初の排便からこんな感じじゃ今年の排便も苦労することが思いやられるな。 月曜日のケアも代打でM看護師が来るということだから 月曜日の排便は何とかしてくれるだろう。


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